佐賀・有田の柿右衛門窯は江戸時代初期に創業した色絵磁器の名門。人間国宝の父が亡くなり、歴史ある工房で昨年2月より窯主を務めるのは、当代(十五代)酒井田柿右衛門(47)だ。乳白色の素地に重文な余白を残しながら控え目に色絵を描く「柿右衛門様式」は、1670年頃に確立され、ヨーロッパなどに輸出され各国の王侯貴族に賞賛された。その美意識と技術は、当代と総勢35人の熟練した職人による、完全分業制で受け継がれている。
完全分業制のなかで、柿右衛門窯の当主はプロデューサーの役割を担うほか、経営者、そして作家と三足の草鞋を履きこなすことが求められる。偉大だった父の急逝。重責を担うことになり、不安よりも戸惑いの方が大きかったという。
「柿右衛門として、何をどうしていけばいいのかわからない状態から手探りで襲名式を行ないました。個展を開いた経験もなかったので自身の作品と呼べるものがなく、5か月後の襲名展に向けて60点もの作品を制作するのは容易ではありませんでした」(当代柿右衛門)
しかしながら、限られた時間のなかで、当代は団栗や唐梅といったこれまでの柿右衛門作品にはないモチーフの作品を発表した。
「伝統と伝承は違います。私が最も重要だと考えているのは、単に昔ながらの技術や意匠を受け継ぎ守るだけではなく、時代に則した柿右衛門の作風を創造していくことです」(同前)
新たな試みを実現するため、絵具の色味の改良に着手。今年7月に制作した花瓶(写真)では、先代とは異なるオリジナルの青色を表現している。
◆十五代酒井田柿右衛門:1968年佐賀県有田町生まれ。旧名・浩。伊万里高校卒業後、多摩美術大絵画学科へ進む。大学中退後、1994年より十四代に師事。2013年、重要無形文化財保持団体(柿右衛門製陶技術保存会)会長に就任。同2月、十五代を襲名する。
撮影■三好和義
※週刊ポスト2015年9月11日号