過激な街宣で取り押さえられた活動家
昨年末まで続いた香港民主化デモ「雨傘革命」では、中国支配への抵抗を示した学生たちには世界中から称賛が送られた。だが、いったん火が付いた若者たちの不信感は、行き場もないまま巨大なうねりとなりつつある。
とある夜の香港の繁華街では、拡声器を手にした20~40代の若者たちが中国本土出身と思しき中年の女性歌手を取り囲み、「支那人を叩き出せ!」「ババアの薄汚い歌をやめさせろ! 耳が腐るだろう!」と、罵声を浴びせていた。その時は、警官ともみあいになり、暴徒鎮圧用の胡椒スプレーが噴射されるなどの騒ぎもあった。ノンフィクションライター・安田峰俊氏による現地ルポをお届けする。
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あの夜、警官に捕まった活動家のサイモン・シン氏(22)は、私の取材にこう話した。
「例の中国人女性たちは、香港で中国共産党の革命歌を歌い、街をゴミで汚していた。僕らは自分の不快感を伝えただけ。なのに5時間も拘束された」
彼は本土派(※注)の組織「香港本土力量」の呼びかけ人である。
【※注/ここで言う本土とは中国本土ではなく香港本土をさす。もとは香港民主派の一部だったが、中国支配下での体制改革を目指す同派に不満を抱き、より先鋭的な主張を掲げて袂を分かった団体】
彼らの組織は2011年末、現地の大規模ネット掲示板の利用者を中心に成立した。当初はネット上の活動が主だったが、雨傘革命を経た今年春から過激化。街に溢れる中国人の街頭歌手や「爆買い客」に突撃し、激しく罵倒する行為を繰り返すようになった。サイモン氏は続ける。
「マスゴミも政府も警察も既存政党も中国の手先だ。侵略を防がなくてはならない」
「僕らが掲げるのは排外主義ではなく『排劣主義』だ。劣った中国大陸の文化や、特権を貪る中国人不法移民たちを叩き出す。香港に同化しない人々は出て行ってほしい」
なにやら、日本でヘイトスピーチ街宣をおこなう「在特会」と似た雰囲気を感じさせる主張である。事実、彼らはネット上でも、中国人を「支那人」「イナゴ」といった差別的な表現で呼ぶことが多い。
ちなみに「香港本土力量」など複数ある過激団体のメンバーはいずれも数十人以下だ。その急進性ゆえに、活動内容が一般市民の広い支持を得ているとも言いがたい。
「本土派」思想の理論的指導者で、嶺南大学助教授の陳雲氏は「行動と考えを理解する」とフォローしつつも、彼らに苦言を呈する。
「あの若者たちの多くは、現在の香港社会で充分なキャリアを積み上げられない人々。中国人移民に進学や就職でパイを奪われ、将来への不安から暴走しているのではないか。香港の自立や民主化とは直接関係ない動機で活動しているようにも見える」
※SAPIO2015年10月号