安保法案の成立によって、世界各地の紛争が現実問題として日本人に迫ろうとしている。我々は今後、未知なる世界とどう向き合うべきか。新刊『あぶない一神教』(小学館新書)の共著者である社会学者・橋爪大三郎氏と元外務省主任分析官の佐藤優氏による特別対談をお届けする。2人は「陰謀論」がなぜ発生するのかについて語った。
佐藤:インターネット上では同じ考えを持つ人同士が簡単に結びつき、過激な方向に進むことが多い。その典型例といえるのが、外務官僚の出身者がユダヤ陰謀論をもとに書いた反米本です。
橋爪:私も不思議に思っていました。なぜ彼らは根拠のないユダヤ陰謀説を信じて、資本主義やアメリカの問題をすべてユダヤ人に押しつけるのでしょうか?
佐藤:きっと自分のことをユダヤ人じゃないと考えているからでしょうね(笑い)。こういう人たちは都合の悪いことはすべて外部の責任にして処理しようとしています。
橋爪:他者に責任を押しつけるのは簡単です。残念ながらヨーロッパでは反ユダヤ主義は1000年以上の歴史がある。
ヨーロッパのキリスト教徒たちは生活が豊かにならない責任をユダヤ人に押しつけた。オレたちは真面目に労働して慎ましくやってきていた。でも、金儲け主義のユダヤ人が出てきて、金を貸して利子を取り、株で儲け、ファンドをつくって、あこぎな商売をはじめた。だから、ユダヤ人が悪い、と。
佐藤:凡庸なキリスト教徒が使う論理ですね。
橋爪:そもそもイエス・キリストを神と認めなかったユダヤ人は、キリスト教世界で中傷や迫害を受けました。中世になっても土地を持てなかったユダヤ人たちは、生き残るべく金融業や両替商、質屋などを営むしかなかった。
ヨーロッパの人たちは隣人であるユダヤ人がどんなふうに歩んできたのか、いわれのない差別を受けてきたか、学んでいる。しかし日本の反ユダヤ主義はそういう文脈から外れたトンチンカンなものに感じます。
佐藤:私は日本の論壇の一部に根強く存在する反ユダヤ主義は深刻な問題と考えているんです。反ユダヤ主義者は、ユダヤ人をコミュニケーション不可能な他者としか見ていません。つまり未知なるものとの対話を拒否しているんですよ。
※週刊ポスト2015年10月9日号