茨城県の県総合教育会議の席上で、県教育委員が「妊娠初期に障害の有無がわかるようできないか」などと発言。さらに会見では「障害児の出産を防げるのなら防いだほうがいい」と主張した問題で、発言した委員が謝罪するとともに辞意を表明した。
2013年4月から開始された新型出生前診断は、20万円という高額ながら、腕からの採血だけでダウン症など3種類の染色体異常が99%の確率で判別できる。この新型出生前診断の登場を受けての県教委の発言だったわけだ。しかし、この発言は根深きダウン症への誤解と偏見を露わにする。日本で唯一のダウン症専門医療機関『愛児クリニック』の飯沼和三院長が語る。
「ダウン症は病気というより特徴的な体質と考えるべきですが、いまだに障害と表裏一体でイメージづけられています。長年、医師の教育でさえそうでした。一生歩けませんとか、学校には行けませんとか、少し前まで平気でそういうことを言う医師がいました。でも、実際はまったく違う。好きなことに対する集中力は極めて高く、芸術分野で才能を発揮する人はたくさんいる。医療の進歩もあり、平均寿命は50才以上に延びています」
現在、50%以上のダウン症の子が通常学級に通い、大学に進学する子も珍しくない。岡山県在住のA子さん(62才・主婦)は、27年前、羊水検査の結果胎児がダウン症であることがわかり、その上で出産した。
「もちろん悩みました。でも、お腹の赤ちゃんは胎動が強く、“生きてるよ!”って懸命に伝えてくるんです。実際、感受性は豊かで、ダンスなんか本当に上手。今は毎日作業所に通って、うどんを作っています。息子の作るうどんはすごくおいしいの。
今回の教育委員の発言は本当にショックです。でも、これをきっかけにダウン症への理解が広がってくれたら救われます。いろんな人がいて、喜びも痛みも、強さも弱さも、みんなで共有できる社会であってほしい。息子を見ていると、切にそう思うのです」
かつて、新型出生前診断が開始される直前、芥川賞作家で臨済宗僧侶の玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)氏は、女性セブンにこう語っていた。
「本来、お腹を痛めた子は無条件にかわいいものですが、今は“いい子であれば愛する”という条件付きの愛し方が多い。それは愛情ではなく取引であり、根本的に間違っています」
あれから3年──地方行政が“命の優劣”を語るこの国の現実は玄侑氏にどう映るのか。
「お腹に宿った命が“親たちのモノ”と化してきたのかもしれません。加えて、スタンダードでなければいけないという強烈な意識を感じます。茨城県教育委員の発言の行き着く先は、ナチス・ドイツのヒトラーです。みな、現状をそれほど深刻に考えていないのが寂しいです。
日本神話では、イザナギとイザナミの間に生まれた未熟児『蛭子』が、捨てられた先で『恵比寿』と読み替えられ、神として祀られたくだりがあります。古来、日本にはこうした寛容の心があった。周囲の人々はともかく、実際に育てた母親たちはそれを感じていると思います」
※女性セブン2015年12月10日号