悩み、迷いを抱えながら、それでもなんとか前向きに生きてゆこうとする女性たちが愛しくなってくる。上映時間、五時間十七分という異例の長さ。しかもこれまで演技経験がなかったという女性たちが演じる。見る前は、きちんとした映画になっているのか心配したが、見ているうちに自然に入りこめた。
濱口竜介監督の「ハッピーアワー」は予想をはるかに超えるしなやかな素晴らしい作品。荒っぽいところ、居丈高なところ、自己陶酔のところがない。離婚をはじめ女性たちの厳しい現実を見据えているが、決して重々しくならずどこかさわやかな微風が吹いている。
神戸に住む三十代後半の四人の女性を主人公にしている。看護師のあかり(田中幸恵)、専業主婦で中学生の息子のいる桜子(菊池葉月)、アートセンターで働く芙美(三原麻衣子)、そして純(川村りら)。
彼女たちは仲がいい。一緒に温泉旅行に行ったり、ワークショップに参加したり、若い女性作家の朗読会を聞いたりする。酒も飲む。他方、当然、一人一人の暮しがある。四人が一人になったり、あるいは二人、三人になったりする。そのアンサンブルで見せてゆく。
徐々に分かってくる。看護師のあかりは離婚していまは一人であること。純は、生命物理学者の夫と離婚しようとしていること。芙美は編集者である夫に少しずつ距離を感じ始めていること。幸せそうに見える桜子は、ある日、中学生の息子が同級生の女の子を妊娠させてしまったことに驚く。
四人の女性の日常を丹念に描いてゆく。それぞれの個性が見えてくる。看護師として責任ある仕事をこなしながら一人でいるのが寂しいあかり。夫との関係をどうしていったらいいか一人で思い悩む芙美。「幸せな主婦」を演じるのに疲れを感じ始めた桜子。そして夫と離婚し、神戸を去ってゆく純。
演技経験のなかった四人の女性たちが実に新鮮。はじめて演技する不安、ためらいが、主人公の女性たちの悩み、迷いと重なってゆく。どんなに親しい友人ではあっても打明けられない悩みはある。それでも友人にはそばにいてほしい。抱き締めてほしい。女性たちの繊細な心の動きが確実に伝わってくる。
この映画は作り方が面白い。一見、無駄に見える場面を思い切って織り込んでゆく。よくある「女性の友情物語」「フェミニズム映画」とは違う新しい感覚がある。
文■川本三郎
※SAPIO2016年1月号