世界各地でテロ事件が起き、日本もテロと無縁ではいられなくなっている。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、テロと戦う現在の軍事戦略について疑問を提示し、問題を解決できそうな軍事力とは別の可能性を考える。
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ぼくたちは脅威をもたらす過激派組織IS(「イスラム国」)をどう理解したらいいのか。テロが起こるたびに、イスラム教徒が誤解を受け、周囲から差別されるが、ISはイスラム教の一派ではない。イスラム原理主義を掲げながら、集団妄想にかかっているのではないかと思う。妄想は、まるでウイルスか細菌のように飛び火し、社会の弱いところに感染して、新たなテロリストを生む。
集団妄想とカルトは、歴史で繰り返されてきた。『欧米社会の集団妄想とカルト症候群』(浜本隆志、柏木治、高田博行他著、明石書店刊)にはその例が詳しく挙げられている。
たとえば、11世紀末、ローマ教皇の呼びかけにより、まっとうな若者たちが少年十字軍を結成し、エルサレムへ向かった。ホームレスや犯罪者なども、十字軍に参加すれば許されるとされ、熱狂して参戦した。「戦って死んでも天国へ行ける」とされ、戦場に赴く大義を与えられたことは、現在の自爆テロに走る者たちを彷彿させる。
ヒトラーのナチスもそうである。集団妄想を利用し、組織のなかに自我を埋没させて、粛々とユダヤ人を大量虐殺していった。
ISも、イスラム教から逸脱した妄想集団として対処する必要がある。ただし、彼らはイスラム原理主義にこだわっているため、スンニ派の高僧や、資金を流しているスンニ派支援者らが、彼らを説得できる可能性もあるように思う。
しかし、パリ同時テロ以降、米国を中心とする有志連合は空爆を激化させる方向に傾いている。ISの非道な行為に対して、空爆に踏み切らざるを得なかった事情はわかるが、一般市民を巻き込む空爆は“副作用”が大きすぎる。
シリアでは、「アラブの春」により火がついた反政府デモが泥沼の内戦となり、4年半で25万人が死亡したといわれている。パリ同時テロの犠牲者以上の人命が、毎日失われていることになる。それは、ISに殺害された者、アサド政権との戦いで命を落とした者、IS以外の反政府軍との戦いで犠牲になった者だけではない。有志連合の空爆によって不条理に死んでいった一般市民もいるのである。
そもそもISが台頭した背景を考えれば、空爆だけでは解決できない。さらに地上部隊を派遣すればなんとかなるのか。いや、むしろ泥沼になるだけである。
※週刊ポスト2016年1月15・22日号