年末の仕事納めの日に一斉に大掃除を行った会社は多いだろうが、中には掃除を完全に委託している会社も少なくない。清掃会社の社員がうっかりパソコンのコードを抜いてしまい、データが損傷した場合、その責任はどこにあるのか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
清掃会社に勤務しています。ある会社の始業前に業務を行なっているのですが、掃除機で社員のパソコンのコードを抜いてしまったのです。社員は怒り、午前中にお得意様に提出する書類が消えた、契約が破棄される、弁償してもらう、といわれました。やはり賠償金を支払わなければいけませんか。
【回答】
清掃会社は、オフィスの会社との間で清掃の請負契約を締結しています。契約した義務を怠ると、契約解除や損害賠償請求を受けます。さらに契約上の目的達成に必須ではないけれども、付随的義務を負うことがあります。何が付随的義務かは事案ごとに判断され、付随的義務違反で契約解除はできないまでも、損害賠償責任の原因となると解されています。
清掃会社は契約の目的たる掃除をする際、オフィスを傷つけたり、仕事の邪魔をしないようにする注意義務があるのは当然で、清掃の仕事そのものに含まれないとしても、付随的義務であることは間違いありません。
事故態様から、コードは見えたはずだと思います。コードに掃除機を引っ掛けたのは過失があったといわざるを得ず、損害が発生すれば賠償義務を負うのが原則です。始業前の清掃のため、早出の社員がいたことは予想外でも、現認できたとすれば、注意義務を軽減するものではないと思います。
とはいえ、会社が取引中断による損害の賠償を要求しているのは過大です。コード引き抜きで(1)書きかけの書類が壊れて復旧できない、(2)そのため午前中の書類提出ができない―まではともかく(3)その結果、契約が破棄され大損害が発生したとして賠償請求するのは無理です。
過失によって、賠償責任を負うのは過失から通常発生する相当因果関係のある損害までであり、特別な事情があって発生した損害は、その事情を予見したか予見できた場合でないと賠償責任はありません。
書類作成が遅れることは通常予見され、無駄になった人件費は損害になるでしょう。しかし、(3)が本当だとしても、そのようなことは到底予想できることではありません。よって、清掃ミスによる契約破棄の損失は相当因果関係がなく、賠償義務を負いません。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2016年1月15・22日号