中国では、にわかには信じられないことだが、毎年約20万人の子供が誘拐されるという。犯罪組織が関わり、誘拐した子供を売る。その背景には1979年から行なわれている「一人っ子政策」があるのだろう。
香港のピーター・チャン監督(『君さえいれば 金枝玉葉』〈1994年〉『ラヴソング』〈1996年〉)の「最愛の子」は、実際に中国で起きた児童誘拐事件をもとに作られている。
大都市深センの下町で小さなネットカフェを営むティエン(ホアン・ボー)は、離婚し、男手ひとつで男の子を育てている。ポンポンという3歳になるその男の子が2009年の夏のある日、行方不明になる。
警察に行くと「失踪後二十四時間は事件として扱えない」と言われる。その遅れが致命的になり、息子は誘拐され、連れ去られたことが分かる。防犯カメラに、息子が男に誘拐される姿が映っていた。
ティエンの必死の息子探しが始まる。別れた妻も一緒に協力する。中国には、誘拐される子供が多い。その家族が「行方不明児を探す会」を作っていて、二人の力になる。
3年後、ようやくある農村に息子がいることを突きとめる。貧しい農家の子供になっていた。小さな妹もいる。
ティエンと元妻のジュアンは、子供を奪い返す。一見、彼らが農家の子供を誘拐しているようになり、村じゅう大騒ぎになる。
警察の手で、二人はなんとか我が子を取り戻す。そこで物語は終わるかと思うと、意外な展開になる。
誘拐されて3年になる。子供はそのあいだに、農家の女性ホンチン(ヴィッキー・チャオ)を本当の母親と思ってしまっている。実の両親のもとに帰ってもなつかない。
生みの親と育ての親に引き裂かれてゆく子供。昔の日本の母もの映画によく描かれた。近年、映画にもなった角田光代の小説『八日目の蝉』も、この問題を扱っていた。子供はもちろん、実の親も、育ての親(夫が嘘をついていたので誘拐された子供であると知らなかった)も不幸になってしまう。
さらにこんなこともある。
ティエンは無事に子供を取戻した。しかし「会」のメンバーには、いまだに子供が行方不明の家族がいる。幸運に恵れたティエンは彼らに申訳なく思う。彼ら家族は、行方不明になった子供が見つからないうちは、二番目の子供を作るのをためらう。そんなことをしたら消えた子供に申訳ない。
児童誘拐をさまざまな「心」から描いていて、よくあるお涙頂戴ものになっていない。
文■川本三郎
※SAPIO2016年2月号