【書評】『日本経済復活の条件 金融大動乱時代を勝ち抜く極意』植草一秀/ビジネス社/ 1600円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
著者は、かつて優秀なエコノミストとして、メディアから引っ張りだこの存在だった。それが、例の事件の後、大学を追われ、メディアからも遠ざかっている。しかし、失職後の著者を支えたのは、投資家たちだった。投資家はドライだから、経済分析の中身が優れていれば、それに対して対価を支払う。著者がリリースしているレポートは、そうした読者に強く支持されてきた。
そうした経緯から、本書も投資家のための経済分析という体裁を取っている。しかし、その中身は、著者の日本経済論であり、経済政策論だ。それも、きちんとしたデータに基づき、論理的で、説得力のある経済分析に仕上がっている。
著者の分析の切れ味は、前より上がっていると思う。それは、権力に媚びる必要が一切なくなったからだろう。著者が既得権勢力と呼ぶ、米国、官僚、大資本、利権政治勢力、マスメディアという権力を、著者は本書のなかで徹底批判している。誰にも縛られないから、的確な分析ができるのだ。
そして、安倍政権の政策の基本を「弱肉強食」だとし、資本優先の成長戦略は、中短期的には株価を上げるが、長期的には消費の低迷で経済が疲弊すると警告する。その打開策として、すべての働ける人材を低賃金の労働力として引きずり出すことで、GDPの拡大を図る。それが一億総活躍社会の本質だというのだ。その通りだと思う。
そして、本書の指摘で、もう一つわが意を得たのは、来年4月からの消費税増税は、断念すべきだという著者の主張だ。いまでさえ、消費が大きく落ち込んでいる状況で、再増税はできない。
私は、今年6月、翌月に控えた衆参同時選挙の直前に安倍総理が増税凍結を発表すると考えていたが、著者は参院選後に、凍結発表の可能性もあると言う。8月以降に消費税凍結を打ち出して総選挙を行えば、東京オリンピックの時に、安倍総理が総理でいられる可能性が出てくるからだ。固くなった頭を解きほぐす柔軟剤としても、本書は、役立つのだ。
※週刊ポスト2016年2月26日号