中国ではいまだに日本の常識ではとても考えられない事件が頻発している。現地の情勢に詳しい拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聰氏が指摘する。
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不慮の事故などによって若くして死んだ子供のために、死後に婚姻を行う風習がある。それは「陰婚」あるいは「冥婚」などと呼ばれている。こんな儀式が現代の中国にも残っているといえば読者は驚くだろうか。
だが、その奇妙な習慣は都市と農村の隔てなく、いまだ厳然と残っている。
そのことをあらためて思い出させる事件が起きたのは、2016年1月27日のことだ。同日付けの『法制日報』が〈山西省で殺した女性の死体を売る事件が発覚 容疑者の男は殺した女性の死体を「陰婚」のために提供〉というタイトルで報じている。
事件の発覚は、2015年12月4日。きっかけは山西省晋中市左権県の一人の農民から現地の警察署に、「隣の家から異臭がする。もう数日間も続いている」と通報が入ったことだった。駆けつけた警官がレンタル倉庫であるその部屋に入ると、床下からは腐敗が進んだ若い女性の死体が見つかった。
死体発見をきっかけに倉庫の借主を調べてゆくと、そこで明らかになったのが犯人がその死体を販売目的で隠していたこと、また死体は墓から盗まれたものではなく殺されたものであることが分かったという。
捜査チームは呂梁、陽泉、太原、忻州、朔州、長治、大同、内モンゴルなどにまたがる追跡を行い、ついに犯人を逮捕して「陰婚」目的の死体販売及び殺人事件に幕を下ろしたのだった。
中国人の多くが陰婚を必要と考えるのは、結婚もせず若くして死んだ者の霊が、子孫に悪さをすると信じられているからだ。人々が最も恐れるのは、呪われて子孫が残せなくなること。だから、死後であるとはいえ婚姻の儀式を行うことで、霊の無念が慰められると考えられているのだ。
儀式に必要なのは、事故などで死んだ子と釣り合う異性の死体だ。自分たちの周囲でタイミングよく見つかるケースは少なく、たいていはヤミの業者に委託することになる。これが中国社会において墓荒らしが無くならない理由であり、またヤミで死体を売買する業者が跳梁跋扈し続けている理由なのだ。
もっともこうした業者は墓を掘り返して盗むことで死体を調達するのであるが、この事件の特異な点は、犯人が死体を売るために殺人を行っている点だ。つまり死体をつくるために人を殺したのである。
身勝手で冷酷な犯罪である。
それにしてもこの犯人、いったい幾らの報酬で一人の女性を手にかけたのか。その金額がわずか2万2000元(約37万7300円)と聞かされ、複雑な気持ちにならない者はいないに違いない。