山口組の守護神──そう呼ばれた男が、分裂騒動の最中、静かにその役を降りた。山之内幸夫元弁護士、70歳。山口組の顧問弁護士として名を馳せ、極道の世界の内幕を描いたベストセラー『悲しきヒットマン』の著者としても知られる。なぜ彼は、正義とは対極の男たちを守り続けてきたのか。
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「ヒットマン」っていうのは僕が『悲しきヒットマン』を書いたときに世に知られるようになった言葉なんですけど、抗争のとき捨て身で相手の組に乗り込む人のことです。そういう人の心情や背景は、刑事弁護を引き受けなければ絶対わからなかったと思います。
ヤクザが標榜する「任侠」や「仁義」は、計算に合わないバカなことをする精神作用のことでしょうね。ヒットマンなんて、自分の人生はそこで終わるわけですから。個人的な恨みではなく、義のために体で返すわけです。
マフィアと違って任侠道を掲げるヤクザは、倫理観のようなものがある。恐喝はいいけど、強盗はいけないとかね。オレオレ詐欺のような年寄りイジメもしない。もともとは薬物も扱わなかったんです。
しかし、1991年に「暴力団対策法」が制定されてからは、「暴力団排除条例」もでき、ヤクザは簡単に捕まるようになった。女房や息子の名前を借りてマンションや車を買っただけでパクられる。
刑事法に関しては、法の平等なんてないに等しい。ヤクザも潜在化せざるをえません。そうすると歯止めが利かなくなり、稼げれば方法は何でもいいとなる。だから、薬物売買に手を染めるんです。
ヤクザというと、弱い者イジメをして、派手な生活してると思われがちですが、今のヤクザは、そんな豪勢じゃないですよ。もともと行き場も仕事もない連中が集まってるんですから。見栄を張って、いい生活をしているように見せてるだけなんです。
僕もヤクザが被害者だとまでは言いません。ヤクザはやっぱり犯罪者。シノギのために悪いこと、いっぱいしてますもん。ただ、落ちこぼれた人間の受け皿、敗者復活戦になっている部分は間違いなくあるんです。百年も続いている組織なんて、世界でもそうないですよ。それは厳然たる事実です。
嫌だったらヤクザを辞めればいいと言いますが、辞められへんからやってるんです。行くとこ、ないですもん。
●やまのうち・ゆきお/1946年、大阪府出身。早稲田大学法学部卒。1972年司法試験合格。1984年頃より山口組顧問弁護士に。1988年、『悲しきヒットマン』を上梓しベストセラーに(のち映画化)。2014年末、建造物破損の教唆の罪で起訴され、2015年末、有罪判決確定。弁護士資格を失う。
※SAPIO2016年4月号