『ゴルゴ13』の連載を48年間一度も休んだことがない漫画家・さいとう・たかを(79)。以前は「『ゴルゴ13』のさいとう・たかを」といわれることに抵抗があったが、最近はそれが「描き手冥利」であることに気付いたと話す。
作者の野村胡堂の名前は忘れられても『銭形平次』の名前は忘れられず、大佛次郎は知らなくても『鞍馬天狗』は知っている。自分とゴルゴの関係もそれと同じようになってきたなら、それ以上幸せなことはないという。
「50年近く続けていたら、もう私のものじゃないですよ。読者のものです。自分の意思でなんかやめられません」
そんなさいとうにとって、唯一の例外的な作品がある。28日に復刻版が刊行される『娼婦ナオミ夜話』(1972年作)である。売春防止法が施行されて10年余りが経った昭和40年代にひっそりと生業を続ける老娼婦を語り部にして、郭盛んなりし頃に生きた男と女の哀切を描いた10の連作集だ。
「この作品だけは描きたくて描いた、いや無理やり描かせてもらった。その意味でとても思い入れがあるんです」
実は、さいとうはデビュー前、姉と一緒に家業の理髪店を継がされていたのだが、店があった場所が大阪の「青線(非合法の売春地域)」のひとつ、今里新地。客には「そのこと」を専業とする女性が多く、さいとうは彼女たちの話を日々聞かされ、客に出す営業のラブレターの代筆を頼まれたりした。
「当時、17、18だった私がいうのは生意気ですけど、彼女たちが可愛かったんです。男をいかに騙すか、いかに気持ちよくさせるかを開けっ広げに話しながら、純真な一面もある。本人は自分が騙しているつもりでいても、実は騙されていることが端からはわかるんですよ。それが哀しかったですね」
作品にはその当時の見聞と思いが反映されているという。
あまり語られないが、さいとうはこれまで3回結婚し、3人の子供と1人の孫を持ち、子も孫も全員女性。初体験は中学2年のときで、相手は友だちの母親だった。そして、今里新地の女性たち……。作品では男の世界を描いてきたが、私生活では多くの女性に囲まれてきた人生なのだ。
そんなさいとうの男女観は「男は女のついでにいるものだ」。つまりは、男よりも女の方が偉く、女あっての男。ニヒルなゴルゴは娼婦しか抱かないが、産みの親であるさいとうには女性への尊敬の眼差しが常にあるのだ。
■撮影/樂滿直城 ■取材・文/鈴木洋史
※週刊ポスト2016年4月29日号