アベノミクスの金看板の一つが日銀と連携しながらの金融政策だ。「異次元緩和」や「マイナス金利導入」によって、日本経済にも株価にも、大きな影響を与えてきた。その政策決定に携わる、安倍官邸が送り込んだ審議委員の経歴に、重大な疑惑が見つかった──。
「博士論文」は文部科学省令によって公表が義務づけられており、博士号を授与した大学に行けば、誰の論文でも自由に閲覧できる。
本誌記者が東京大学経済学部の資料室で、ある人物の博士論文の閲覧を申請すると、担当の助教が青ざめた顔で上司の室長代理を連れてきた。
「実は……」。室長代理は言いにくそうに切り出した。
「目録に該当論文がないんです。本学の資料室にも、図書館にも見当たらない。念のため、国内の博士論文をすべて所蔵している国会図書館のシステムでも検索しましたが、やはりありませんでした」
そのうえで、こう続けた。
「結論を言えば、恐らくこの方は博士号を持っていないことになります」
その人物とは、4月から日本銀行政策委員会の審議委員に就任したばかりの櫻井眞氏(70)である。日銀のホームページに掲載された櫻井氏のプロフィールには、中央大学経済学部を卒業後、〈昭和51年3月 東京大学大学院経済学研究科博士課程修了〉とある。
にもかかわらず、博士論文は東大になかった。東大資料室は「櫻井氏は博士号を持っていない」と結論づけたのである。
今年3月、ニュース番組のコメンテーターとして引っ張りだこだった経営コンサルタントのショーン・マクアードル川上氏の経歴詐称が話題になった。ハーバード・ビジネス・スクールでのMBA取得が虚偽だったことなど様々な経歴の粉飾が『週刊文春』に報じられたが、もし日銀審議委員の経歴詐称となれば、事ははるかに重大である。
櫻井氏が就任した「日銀の審議委員」は一般には馴染みの薄い役職だが、その判断一つで企業の業績も、株価も為替も大きく動く。その影響力を見せつけたのが、4月28日の株価急落だった。
この日の午前中に開かれる日銀の政策決定会合で追加金融緩和が打ち出されるとの期待から、日経平均は一時1万7572円まで上昇した。ところが、市場の予想に反して日銀は金融政策の現状維持を発表。午後の株価は一転して1000円近い大暴落となった。
乱高下の引き金を引いた政策決定会合に参加するのは、黒田東彦・日銀総裁と2人の副総裁、そして櫻井氏を含む6人の「審議委員」である。日銀の金融政策はこの9人の合議制(多数決)で決定される。
重い職責を担う審議委員には、〈経済又は金融に関して高い識見を有する者〉(日銀法23条2項)が選ばれ、国会の同意を得たうえで、内閣が任命すると定められている。年俸は大臣並みの2638万円だ(2015年度)。