1980年代に6万人程度だった歯科医が、10万人を超え、歯科クリニックの数は約6万8000軒と、コンビニ(約5万1000軒)よりも多くなった。一方で、国民一人当たりの虫歯本数は、3.2本と約3分の1に激減している(2011年、15~19歳のデータ)
増えすぎた歯医者をどう選べばいいのか。稲毛エルム歯科クリニックの長尾周格院長は、「繁盛している人気の歯医者のほうが安心」という考え方は必ずしも正しくないと指摘する。
「いい加減な治療をする歯医者ほど、何度も患者が繰り返しやって来るから、気付けば待合室に人が溜まり、予約がなかなか取れない。人気があっていい歯医者だと多くの人は思うわけですが、僕は違うと思います。虫歯がきちんと治せていれば、患者は短期間のうちに何度も通わなくて済みます。だから、ガランとしている歯医者が良心的な治療をしている場合もある。
日本の保険診療は診療報酬が低く、患者にとって良い治療を真面目にすればするほど、“リピーター”がいなくなり、歯医者の経営が苦しくなる。いい加減な治療をすることにインセンティブがはたらくようになっているのです」
長尾院長は、東京のクリニックを辞めた後、千葉市内で開業したが、昨年から保険診療を一切やめて、予防専門クリニックをスタートさせている。
患者が何度も繰り返し通わされるのは、歯科医のいい加減な治療だけが理由ではない。厚労省の「指導医療官」による、診療報酬(レセプト)の不正請求取り締まりの影響もある。
指導医療官は歯科医師の資格を持つ人物が任命され、歯科クリニックが提出したレセプトをチェックする。彼らが最も目を光らせているのが、患者一人あたりの請求額が高額になっているケースだ。
「患者は短期間で虫歯治療を終わらせたい。ただ、それに応えようと一回で手厚く丁寧な治療をすると、レセプトの点数が上がり、指導医療官に目をつけられてしまいます。保険医取り消しという最悪の事態を避けるために、レセプトの点数(請求額)を抑える。そうすると一人あたりの治療時間が短くなり、何度も通院してもらう状況が生まれる」(歯科医・60代)
厚労省内では、レセプトの取り締まり件数にノルマを課しているという。2007年には、指導医療官による取り締まりを苦にした歯科医が自殺した。歯医者は、まさに冬の時代にあり、そのしわ寄せは患者にやってくる。
●レポート/岩澤倫彦(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2016年7月8日号