7月15日夜、トルコ軍の一部部隊が叛乱を起こし、クーデターを企てた。結局、叛乱は、エルドアン大統領と正規軍によって鎮圧されたが、その背景には何があったのか。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が分析する。
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今回の事件は、トルコ軍の一部の叛乱と呼ぶには規模が大きい。首都のアンカラと最大都市のイスタンブールで内戦が展開されたということは、軍の中枢を含め、今回のクーデターに関与していた中堅幹部がいるということだ。クーデター派は、エルドアン大統領が、トルコ南西部のマルマリスで静養中のタイミングを狙って決起した。
当初、トルコ国営テレビは、クーデター派が権力を掌握したという声明を流した。今回、決起した軍人が、クーデターの際にはまず放送局を占拠するという定石を踏まえているということだ。
今回のクーデターが失敗した最大の要因は、決起した軍人たちが、エルドアン大統領の拘束もしくは殺害に失敗したことだ。裏返して言うならば、エルドアン大統領が早いタイミングでテレビに出て、国民にクーデターの試みに対して抵抗しろと呼びかけたことが、現体制の生き残りにとっては決定的に重要であった。
エルドアン大統領の会見で注目されるのは2点だ。まず、「軍内部にも警察内部にも(叛乱軍支持者が)様々な形で入り込んでいる」と述べていることだ。エルドアン大統領は、一応、世俗主義的なトルコ国家の国是を遵守しているが、本心はイスラム原理主義者である。
さらに本来、トルコは議院内閣制で、首相がかなり力を持つことを前提とした大統領制であるが、エルドアン氏は大統領の権力を段階的に強化している。このことに対しては、世俗主義者と民主派の双方から批判が高まっている。
このような状況下、憲兵、警察と国家情報機関(MIT)を用いて反体制派の動向を詳細に調査している。特にMITのカウンターインテリジェンス(防諜局)の能力が高いことは、インテリジェンス・コミュニティーの間では有名だ。
これら警察、インテリジェンス機関が、今回のクーデターの動きを事前に察知できなかったことは深刻な事態だ。軍、警察のみならずMITにもクーデターの同調者がいたということであろう。
第2は、エルドアン大統領が、米国在住のトルコ人イスラム教指導者、フェトフッラー・ギュレン師が叛乱の黒幕だとし、同師の本国送還を要求していることだ。これは、今回のクーデターの背後に米国の意思が働いているということを示唆するに等しい。
今後、トルコでは、国際的な人権基準に反する形で、軍隊に対する粛清が行われることになるが、これに対し、米国は反発するであろう。その結果、米・トルコ関係は悪化することになる。
【PROFILE】1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。SAPIO で半年間にわたって連載した社会学者・橋爪大三郎氏との対談「ふしぎなイスラム教」を大幅に加筆し『あぶない一神教』(小学館新書)と改題し、発売中。
※SAPIO2016年9月号