天皇の生前退位のご意向をめぐり、安倍晋三・首相は皇統のあり方そのものを見直す典範改正に消極的な姿勢を見せている。
首相はジャーナリスト・田原総一朗氏のインタビュー(8月31日)にこう語っている。
「生前退位は認めるべきだが、まずは特措法で認め、その後で皇室典範の改正も検討すればいい」(Nikkei BP netより)
政府は「首相の意向」に沿って、今上天皇一代に限り例外的に生前退位を認める特別措置法(特措法)を制定する準備を始めた。
今回の特措法は「皇室典範特例」という位置づけにする方針だという。この対応に違和感を覚えるのは、特措法が一般の法律とは違う緊急避難の“抜け道”という性格を持っているからだ。憲法学者の斎藤文男・九州大学名誉教授が解説する。
「特措法は言ってみれば一時しのぎの便法です。本来、法律改正が必要だが、それが困難な場合に、特定の問題に限って時限的に法律の例外規定を定めるもので、立法手続きから言えば一種の“裏口改正”の手法です。近年では、自衛隊をイラクに派遣する際の特措法がありました。あの時は憲法に抵触しかねない部分があったため、特措法という形で時限的に自衛隊派遣を可能にしたのです」
安倍首相はなぜ、天皇の退位という重要な課題に小手先の便法を使おうとしているのか。実は、天皇陛下のお言葉の直後、自民党内ではただちに検討機関の設置が検討され、官邸も7月から内閣官房の皇室典範改正準備室の人員を強化して改正準備に備えていた。ところが、動きが急に鈍る。
「総理が典範改正に慎重で、準備室内でも生前退位を制度化するには典範にとどまらず、憲法改正まで必要になるとの意見があがった。それで特措法で対応する方向に傾いた」(官邸スタッフ)
背後にあるのは女性天皇問題だった。皇室典範の改正は過去何度も議論され、小泉政権時代には有識者会議が女性天皇及び女系天皇を認める報告書をまとめ、野田政権も女性宮家創設を選択肢とする論点整理をまとめたものの、安倍政権になると議論は棚上げされた。
保守系団体の日本会議など安倍首相のコアな支持層や安倍シンパの議員には、女性天皇、女性宮家ともに反対論が強い。
一方、自民党内には二階俊博・幹事長など女性天皇容認論があり、「生前退位」問題をきっかけに皇室典範改正に動けば党内ばかりか、国論を二分する議論に発展しかねない。首相は自ら棚上げした女性天皇や女性宮家問題という“寝た子”を起こすことになるのを避けたのだ。
※週刊ポスト2016年9月30日号