安倍晋三・首相は12月15日にロシアのプーチン大統領を地元の山口県に招いて首脳会談を行なう。大統領一行の宿泊先は安倍家の父祖の地で、日露の日本海海戦で漂着したロシア兵士の墓もある長門市(湯本温泉)が有力視されているが、首相は地元後援者たちとの会合で「下関にも呼びたい」と語っている。外務省は日清戦争勝利後に伊藤博文と李鴻章の講和会議の舞台となり、日本が遼東半島と台湾の領土割譲を得た料亭・春帆楼などでの会談も検討している。
12月15日というタイミングは、まさに米国で11月の大統領選から来年1月の新大統領の就任まで事実上の政治空白が生まれる絶妙な時期だ。このタイミングで長州会議を開き、北方領土を返還させる“第2の下関条約”を結ぼうというのだ。
とはいえ、安倍首相にとって北方領土返還が外交的な大きな賭けであることは間違いない。「4島一括返還」という方針を転換し、「2島プラスα」で妥協すれば保守派からの批判が予想される。
それ以上に厄介なのが、日ロの接近を警戒する米国との関係だ。鳩山一郎内閣の日ソ共同宣言(1956年)による2島返還が暗礁に乗り上げた背景には、米国の横やりがあったからだとされる。その後、米ソの冷戦構造は崩壊したが、プーチン政権のクリミア併合で米国やEUの西側首脳は再びロシアへの警戒を強めている。
そうした中で、安倍首相はオバマ大統領の制止を振り切って9月にロシアを訪問し、米国の政治空白を見計らって12月の日ロ首脳会談の日程を組んだ。この米国の頭越しの対ロ独自外交が米国の“虎の尾”を踏まないとは言い切れない。日本の外務省内も、2島先行返還と4島返還を唱える勢力に割れている。
「安倍首相は対ロ交渉のキーマンとなっている谷内正太郎・国家安全保障局長を何度も米国に派遣し、ロシアとの交渉内容を伝えさせて根回ししてきた。しかし、外務省の主流派であるアメリカンスクールには、前のめりの安倍首相は危ういとの慎重論が強く、妨害めいた動きさえある」(安倍側近)
日ロの事務レベル交渉が進まないのもそうした省内対立があるためだ。
かつて田中角栄・元首相は米国へのエネルギー依存からの脱却を図るために独自の資源外交を展開したことで米国の“虎の尾”を踏み、ロッキード事件で失脚に追い込まれたとされる。
安倍首相が日ロ平和条約を結び、北方領土を回復する成果を挙げたとき、米国の新政権の意向次第では、“角栄の二の舞”になる大きな外交リスクを負うことにならないか。
※週刊ポスト2016年10月14・21日号