台湾と日本は政治上の国交はないが、強い親近感と信頼感でつながっていることは間違いない。台湾の人は日本が好きだし、日本人も台湾が好きだ。「戀戀」「想思想愛」。台湾を旅した日本人の多くは台湾が好きになり、リピーターになる。
「湾生(わんせい)」という言葉がある。日本統治時代の台湾に生まれ、育ち、終戦後、日本に戻った日本人のこと。「戻った」と言っても彼らにとっては日本は未知の国であり、台湾こそが故郷という気持が強い。しかし、かつての統治国の国民としてその気持を正直に伝えるのは難しい。
映画「湾生回家」は彼ら、日本と台湾に引き裂かれてしまった台湾生まれの日本人の人生を追ったドキュメンタリー。
彼らは現在、七十代から八十代の高齢者。年を取れば取るほど「故郷である台湾への想い」「台湾への愛情」は強まる。
驚くのは、これが台湾で作られたこと。監督はホァン・ミンチェン(黄銘正)。台湾の新しい世代として「台湾のことをこんなに愛してくれている日本人がいる」と知り、興味を持った。
五人の湾生が登場する。祖父母、あるいは両親が台湾に移住した。荒れ地を開墾していった。現地の人と親しく交流した。
湾生たちは子供だったから統治者の意識はない。自然に台湾の暮しに溶け込んだ。だから高齢者となったいま「台湾こそが自分の故郷」と強く思う。そして「回家」、故郷への旅を繰返す。ロングステイをする。
感動するのは現在の台湾の人たちが彼らを温かく迎えてくれること。かつての友人を探す手伝いをしてくれる。古い戸籍を調べてくれる。町を案内してくれる。湾生たちは、ますます台湾が好きになる。
一人、戦後、台湾に残され、台湾の市井人の養女になった女性がいる。子供も孫もいて、幸せに暮している。しかし、彼女の心のどこかに「自分は親に捨てられたのではないか」という思いがある。
その不安を消すために娘と孫が台湾のスタッフと日本に行き、彼女の母親の墓を見つけ出し、母親は決して娘を捨てたのではないことを確認するくだりは胸を打つ。
この映画、台湾で昨年公開され、大ヒットしたという。多くの人が、「こんなにも自分たちの国を愛してくれる日本人がいる」ことに驚いた。逆にわれわれは、こういう映画が台湾で作られたことに敬意を表したい。
■文/川本三郎
※SAPIO2016年11月号