埼玉県在住のAさん(72)が宿泊先の温泉旅館の大浴場で変わり果てた姿で見つかったのは、11月初旬の早朝のことだった。入浴時はひとりで、その後に入ってきた客が浴槽にうつ伏せの状態で浮いているAさんを発見した。
Aさんの直接の死因は溺死。入浴中に脳梗塞で意識を失ったと見られる。こうした例は中高年とくに高齢者に少なくない。
毎日の入浴が慣習として根付いている一方で、日本人の死因の上位に「風呂」が入っていることはあまり知られていない。
死因トップ3はがん、心疾患、脳血管疾患で、4位「肺炎」、5位に「不慮の事故」が続く。この「事故」の発生場所は家庭内がほとんど、なかでも最も多いのが入浴中の事故なのだ。
厚生労働省の研究班が入浴中の事故死の数を推計したところ、年間約1万9000人。そのうち約5割が12月から2月にかけて発生していた。冬はとくに“危険な季節”なのだ。
「溺れる原因としては湯船で眠ってしまうとか失神するケースも考えられますし、高齢者の場合は突然血圧が上がってしまうことも大きな問題。入浴中の死亡事故が特に多いのは70代後半から80代前半といわれています」(近畿大学医学部病理学講座講師の榎木英介氏)
10月22日には俳優・平幹二朗が自宅の浴槽内で亡くなったが(享年82)、入浴中に血管障害を起こしたことによる溺死と見られている。入浴が命の危機をもたらすメカニズムについて、東京都健康長寿医療センター研究所の高橋龍太郎・前副所長が解説する。
「お湯や気温などが体温より高い、低い、という環境は自律神経への刺激になります。とくに冬場、入浴時に衣服を脱ぐと、体の表面全体が一気に寒い空気に晒されるため、交感神経が刺激され血圧が上がります。
さらに、お湯に入ると熱さという刺激によってさらに血圧が上がります。死因の割合としては大多数ではないですが、こうした血圧上昇によって脳卒中や心筋梗塞は引き起こされます。一方、湯に浸かっていると血流が良くなり血圧が下がっていきます。血圧低下は意識障害や失神を引き起こし、湯船での失神は溺死につながる危険があります」
外気温の急激な変化による刺激で血圧が上昇することを「ヒートショック」と呼ぶ。高齢者は血圧の調節がうまくいかず、これが起こりやすいというのだ。
※週刊ポスト2016年11月25日号