最近、旬のヒラメやブリの取扱いを止めるチェーン飲食店があるという。そこにはいびつなリスク社会があった。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が語る。
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寒さが増す12月には、さまざまな魚介が旬を迎える。ヒラメ、ブリ、フグなどの高級魚にカキなどの貝類、カニに代表される甲殻類もそうだ。ところが最近、とある寿司チェーンの社員から「うち、ヒラメを扱わなくなったんですよ」という話を聞いた。旬なのに。うまいのに!
聞けばここ最近明らかになってきた、クドアというヒラメなどを宿主とする寄生虫に対するリスク管理だという。もっともクドアはヒラメには寄生するものの、人間には寄生しない。一過性の嘔吐や下痢が起きた事例が報告されている程度。症状は軽度で、ほとんどのケースで発症後24時間以内に回復し、後遺症もないと報告されている。にもかかわらず、このチェーンではヒラメの提供を中止したという。
また個人経営の飲食店の店主からは「ブリの扱いやめようかと思って」という話もあった。聞けば、天然のブリやハマチの血合い近くに寄生するブリ糸状虫という線虫に、客からクレームがついたという。ちなみにこちらは人間にはまったく害がない。「気分がよくないというのはわかるから、気づけば取り除くけど、100%外すのは無理だろうからなあ」と肩を落としていた。
もっとも供給者がリスクを避ける気持ちもわからなくはない。この数年、「リスクゼロ」を求める、ゆとり消費者が存在感を増しているからだ。”モンスター”との異名をとる、「安全当たり前世代」は、目の前にあるものが何かを知りもしなければ確かめもせずに、手を出してしまう。本来そこにあるリスクを引き受ける覚悟がないのなら、手を出してはならない。
日本人の就業者数を見てみると、約100年前の就業者数の構成は、第一次産業従事者が53.8%、第二次産業が20.25%、第三次産業23.7%(大正9年国勢調査)と圧倒的に第一次産業に携わる日本人が多かった。一方、2005年の国勢調査では、第一次産業は100年前の十分の一に。対して第二次産業25.9%と増え、第三次産業に至っては67.3%、実に国民全体の2/3が第三次産業に従事していることになる。
当然ながら意識は変わる。昭和一桁うまれの僕の両親は「残したら、お百姓さんに申し訳ない」「お天道さまからバチがあたる」「もったいない」というようなことを口ぐせのように言葉にしていた。いま、そうした話はほとんど聞くことがない。
全国民の約半分が第一次産業に携わっていた当時は生産と消費の現場は近かった。だが現代では、生産と消費の現場の距離は遠くなってしまった。「食」にまつわるリスクは自らとは関係ない生産者や流通に押しつけ、消費者としての選択責任は全力で回避する。