ベストセラー小説の映像化、という経緯を踏まえると視聴率は物足りないのかもしれない。が、ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏は「傑作」と断言する。
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テレビのスイッチを切った後も余韻は続く。 心の奥の何かを、たしかに揺さぶられている。若い時に置き忘れてきた、大切な何かを。時代も場所も超えて、多くの視聴者の心を揺さぶる「青春のカタチ」。ドラマ『火花』(NHK日曜午後11時 制作Netflix)が、いきいきと描き出している。
原作は、又吉直樹氏の第153回芥川龍之介賞受賞作、あの大ベストセラー小説。ところが、NHKで放送が始まると初回の視聴率は何と4.8%。第3話は1.5%に低下し、いわば数字的にはどん底状態。「声が小さくて聞き取れない」「物語の展開が遅い」「退屈」と酷評も聞かれる。
しかし、このドラマは傑作に違いない。私はそう断言したい。そもそも視聴率の数字なんて作品の質を直接表すものではないけれど、このドラマの魅力が多くの人に伝わらないとすれば残念で仕方ない。
『火花』のストーリーは……若手お笑い芸人の徳永(林遣都)が主人公。天才肌の先輩芸人・神谷(波岡一喜)に惚れ込んで弟子になり、神谷の言葉を逐一記憶・記録していく。ライブを追いかけ行動を共にし、理想の芸人とは何なのか、表現とは何なのかを問い続け……。
青春のみずみずしさと滑稽さが、同時に浮かび上がってきます。無垢な魂と、居場所のない浮遊感。大都会の中での、焦りととまどい。一話たった50分弱という短い時間なのに、気付けば『火花』の世界に引きずり込まれ主人公たちと一緒の空気を呼吸している──そんな錯覚を覚えてしまう。
それくらい役者陣が素晴らしい。林遣都、波岡一喜、好井まさお、門脇麦……演技の大胆さ、細やかさ、迫力にはひれ伏したくなります。
ただ演技が素晴らしいだけでは、このみずみずしい世界を伝えきれない。無垢な魂のロードムービーを表現するためには、独特な映像の工夫──長回し、町のロケの多用、映像にしかできない表現の追求が、必要だった。
【1】無垢な魂が途切れないための「長回し」
カット割は通常より少なく、カメラを回し続けて撮っていく「長回しの技法」を活用している。
カット割が少ない、ということは役者やスタッフ側の緊張感はいやでも高まる。長回しで撮影するためには、すべてのセリフ、段取り等を頭に入れて準備しなければ、成り立たないからです。
ライブな雰囲気、切実さと緊張感、場の空気感、役者の躍動感といったものが鮮やかに立ち上る。このドラマのみずみずしさと、長回しという映像手法は響きあっています。