「私は末期の肺がんだ…余命いくばくもない。医者に宣告されている。だから、私を含む罪深きものたちに天罰を下したかった。私が仕掛けた謎を解いてくれてありがとう。まだ見ぬ君へ、多大なる賛辞と感謝を送ります。ありがとう。そして、さようなら」
男はそう告げると、自分の胸めがけ銃弾を一発。男女9人を次々に殺害した狂気の犯人は息絶えた──。スペシャルドラマ『そして誰もいなくなった』(テレビ朝日系、3月25、26日放送)のクライマックスで、渡瀬恒彦さん(享年72)が遺した最期の演技だ。多くのファンや視聴者がその熱演に、現実での渡瀬さんとの突然の別れを重ね、改めてその俳優魂に震えたに違いない。
渡瀬さんはその放送の11日前、3月14日に亡くなった。
「入院中もベッドの横に『警視庁捜査一課9係』の台本を置き、亡くなる前日も打ち合わせをしていました。この4月からの『9係』は主演不在での放送が決まりました。もともと体調の悪化を考慮して、渡瀬さんがほとんど登場しない脚本で撮影が進んでいました。“そこにいなくても存在感がある”渡瀬さんだからこそ、主演不在でも放送ができるんです」(番組スタッフ)
胆のうがんが見つかった2015年秋には「余命1年」の宣告を受けていたとされるが、実は、がんは小康状態を保っていた。渡瀬さんを苦しめたのは呼吸器系の病気である肺気腫だった。肺気腫とは、酸素を取り入れる細胞が壊れ、肺機能が低下した状態をいう。
「去年の秋頃から呼吸が苦しくなり、運動などはできない状態になっていたのです。2月に『9係』のクランクイン会見に臨んだ時は、もう歩きながら話すことは困難で、座ったり立ったままだから受け答えができた。会見中に共演者が涙を流す場面がありましたが、舞台裏ではつらそうなのに、カメラの前に立つと毅然としている渡瀬さんに驚いたんでしょう」(芸能関係者)
実際、会見の頃には肺に穴が開き、胸に空気が溜まって激痛を伴う「気胸」を発症していたというから驚くべき精神力だ。『9係』の打ち合わせの後に病状が急変。その後、3月中旬に気胸で傷ついた気道の粘膜から感染症を起こし、重篤な肺炎を併発、帰らぬ人となった。
「奇しくも、最期の病室を見舞っていた兄の渡哲也さん(75才)も現在、肺気腫と闘っていて、かなり体力を落としています。最近は兄弟で病気のことを励まし合っていたようです。実は、兄弟の母・雅子さんも肺炎で亡くなっている。もともと呼吸器系に疾患を抱えやすい家系なのかもしれません」(前出・関係者)
最期の演技で、胸に拳銃を向けた渡瀬さんの胸中はいかばかりだっただろうか。
※女性セブン2017年4月13日号