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【逆説の日本史】陸軍・児玉一派の領土的野心をたしなめる元老・伊藤博文の「一喝」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十話「大日本帝国の確立V」、「国際連盟への道3」その14をお届けする(第1369回)。

 * * *
 鎌倉時代の執権北条氏、とくにその権威と権力を確立した北条義時を主人公にした昨年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は近来出色の出来であり、なかなか面白かった。やはり、脚本家(三谷幸喜)の手腕によるものだろう。大河ドラマと言えば歴史上の事実と異なるという批判が常にあり、鎌倉三代将軍源実朝暗殺事件の黒幕は北条義時であるという立場を取る(『逆説の日本史 第5巻 中世動乱編』参照)私から見ても、いろいろ言いたいことはある。とくに問題なのは、北条政子が承久の乱において御家人たちを説得する「大演説」をしたのは武士全体の権益を守るためであったはずだが、それがどちらかと言えば弟を助けるためであったかのように脚色されていたことかもしれない。

 しかし、いわゆる「再現ドラマ」では無いのだから、そのあたりは許容範囲だと私は考える。大河ドラマの効用は歴史上の人物を人気俳優が演じることによって、まったく歴史に興味の無い人間をその世界に引き込んでくれることだろう。その目的のためには、多少歴史上の事実と違ってもいい。あとで「ドラマではこのように描かれていたけど実際はこうだ」と「訂正」すればいいからだ。いま私が北条政子の演説について指摘したように。私も含めて歴史を大勢の人に知ってもらいたいと望む人間にとって一番困る事態は「北条義時って誰? そんな人間にはまったく興味が無い」と言われてしまうことで、その意味では大河ドラマの効用は相当に大きいと私は考えている。

 だから「ケチをつける」気は毛頭無いのだが、それでもここはちょっと変えたほうがいいんじゃないの、というところが第43回の放送(「資格と死角」)のなかにもあった。後鳥羽上皇の代理人ともいうべき藤原兼子が京で北条政子と対決した場面で、兼子のセリフに「鎌倉殿の力になりたいと上皇様が申され」た、というのがあった。上皇というのはもちろん後鳥羽上皇のことで、この世のなかで一番偉い(天皇より偉い)「治天の君」である。だったら、やはりここは最高敬語を使って「仰せられた」と言うべきではないだろうか。関白あるいは右大臣あたりでも、兼子の立場なら「関白殿が申された」でいいと思う。しかし、上皇に対してはやはり「申された」では無く「仰せられた」ではないだろうか。

 もっとも言葉の問題は大変微妙で、早い話が鎌倉時代の言葉を完全に再現したらなにを言っているかわからなくなり、すべての場面で字幕が必要になるだろう。発音ですら現代語とは違うものがある。多くの視聴者に見てもらうためには、そこまで時代考証にこだわる必要はたしかに無い。しかし、昔と言葉は違っても天皇(上皇)には最高敬語を使うという原則はいまもある。これは日本史の原則でもある。それは制作者として常に留意するべきことではないかと、私は考える。

 ちなみに、今年の主人公は徳川家康なので、この『逆説の日本史』の愛読者にとっては周知のことだが、大河ドラマだけを見ていると気づかない歴史の重要なポイントを挙げておこう。それは、家康の「兄貴分」にあたる織田信長が、日本で初めて女性の社会的貢献というものを高く評価した人物だ、ということである。

 日本は古代から言霊思想の影響で、女性は家のなかに閉じこもり実名すら明かさない存在であった。紫式部も「菅原孝標女」も、本名はわからない。藤原兼子のように親王の母として天皇家の系図に載るような女性は別格だが、戦国時代になっても「女性の名は明かさない」が常識だった。

 たとえば大河ドラマに何度も登場した、武田信玄の四男勝頼を産んだ諏訪家出身の姫の実名はいまだに不明だ。仕方が無いので歴史学者は彼女のことを「諏訪御料人」と呼ぶ。しかしそれではドラマにならないので、作家やシナリオライターは勝手に名前をつけてそれで呼ぶ。たとえば「由布姫」だが、これは実名では無い。

 ところが織田家では信長夫人が「帰蝶」、羽柴(豊臣)秀吉の妻が「おね(ねね)」、前田利家の妻が「まつ」、山内一豊の妻が「千代」などと、ほとんどすべてがわかっている。それどころか、武田家の姫でも信長の嫡男信忠と婚約した女性については「松」だと判明している。つまり、日本女性史において織田信長というのは画期的な人物であり、信長以前と以後では(他のことでもそうだが)歴史がまったく違うのである。

 しかし大河ドラマでは、ドラマの「運用」のため女性に命名するので、信長という人物の偉大さが逆にわからなくなってしまっている。こういう点には注意が必要だが、それもこのように「注意」すれば済む話である。現在は制作者のNHK自体がその存在意義が問われている厳しい時代だが、今後も大河ドラマについては隆昌を祈るとエールを送っておこう。

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