1990年代に国内外でベストセラーとなったのが、英国のマーガレット・サッチャー元首相の自伝『サッチャー回顧録』。はたしてサッチャー時代とは何だったのか? サッチャー氏はなぜ“鉄の女”だったのか? 英文学者・川成洋氏が同書の魅力を解説してくれた。「英国病」を克服し、英国経済を飛躍させたとされるサッチャー氏から今の日本の政治家が学べることもあることだろう。(週刊ポスト1993年12月24日号より)
――この回顧録は、プライベートなエピソードも面白い。
「愛用の衣装はアクアスキュータムのオーダー・メイドだけれど、忙しくて注文してる暇がないとか……。
とくに面白いと思ったのは、夫のデニスとの関係です。いつも影のようにくっついて、首相という孤独な職業を陰で支える。影の内閣(シャドー・キャビネット)ならぬ、影の総理大臣ですよ。サッチャーも“自分は夫なくしてありえない”と書いている。相談役が夫=男だという点では、むしろ女宰相のほうが具合がいいんじゃないか(笑い)」
――この回顧録の内容は、ほぼ事実だと考えてよいか?
「サッチャーは自己顕示欲の強い女性です。回顧録につきものの、脚色、自己賛美が皆無だとは思わない。しかしイギリスの政治家には、自伝、回顧録を書く伝統がある。チャーチル、アトリー、イーデン……歴代の首相もみなウソは書いてない。もしウソを書いてそれが発覚したら、スキャンダルになる。もちろん、代筆もやってもらったりしていない」
――特にサッチャーの力量は、むしろ外交において目立つ。
「フォークランド紛争のときのサッチャーは、圧巻です。やっぱり“鉄の女”だね。アメリカの大統領が何といおうと、絶対に手を引かない。不退転とはこのことか……とつくづく思わされる。“われわれがフォークランドで証明したように、自由と正義が勝つためには、平和を犠牲にする必要もある”。この一件で、彼女は一国の宰相として確実に名をあげた」
川成氏は、サッチャー元首相「イギリスに限らず、いまだに世界的に必要とされている政治家だと思う」と語っている。