『ゲゲゲの鬼太郎』作者である水木しげる氏が「私を感動させた短編」として紹介する「読んでいるうちに、なんとなく、ホッとする作品」とは……。以下、水木氏の言葉だ。(週刊ポスト1996年1月5日号)
「短編文学とのふれあい、といった話だが、そういうものを読む時間というのは、せいぜい三十二、三歳までで、それからあとは、誰も、忙しくて、ノンキに文学にふけるなどということは、なかなかゆるされるものではない。
親に財産があって、経済的な心配がないとか、文学でめし食っている人位が、もてあそぶものではないかと思う。
さて、感銘を受けた“短編文学”ということだが、昔、岩波の絵本でバージニア・バートンの『ちいさいおうち』というのがあった。
私は、兵隊からかえって、それを見て、兄貴の子供に読んできかせたが、その本は、私の子供たちの愛読書にもなり、長い間、愛着をもっていた。
三十年後、兄貴の孫が、幼稚園に入るのでその本をプレゼントしよう、ということにしたが、三人の娘は、思い出深いといってはなさず、やむなく、新しい本を買ってやったことがあったが。
都会の中で、“小さなおうち”が生きぬくことは大変で、だんだんとやかましく、不幸になっていく家が、最後に再び、丘の上に運ばれ、生きてゆくさまが、誠に面白く、愛情こめてかかれている。読んでいるうちに、なんとなく、ホッとする」