フィリピンのルバング島での游撃戦指導の命を受け、任務解除を受けることなく、30年間も戦い続けた元・陸軍少尉、小野田寛郎氏。1974年3月の、ぼろぼろのつぎはぎだらけの軍服と軍帽姿での帰国は大ニュースとなったが、実はその姿について、国民の多くが誤解を持っているという。以下、小野田氏本人が語った。(週刊ポスト1997年3月21日号より)
「ぼろぼろのつぎはぎだらけの軍服と軍帽というのも誤解です。あれは、住民から奪った服を行動しやすいように縫製しなおしたものなんです。もちろん木綿の服はすぐ傷みますし、毛と絹の混紡の帽子でも5年しかもたない。そこで綿や純毛の服を奪っては使いました。匍匐前進するにはきゅうくつな服ではまずいので腕の部分は切り、逆に裾にはほかの布を縫い足して」
あの姿は「仕立て直した」格好だというが、そうはいってもつぎはぎだらけの糸だらけに見えたが?
「あ、あれは偽装のための糸なんです。表に太い糸を通してあり、その糸に草を差して偽装にする」
小野田氏の帰国時の姿は、戦時下を生き延びるための、立派な「戦闘服」だったのだ。