発売から4年目を迎えた、サントリーの第三のビール『金麦』。売れ行きは相変わらず好調で、「今年は2000万ケースを目標にしています」(サントリー広報部)というが、その人気の一因として、なんといってもCMの魅力が挙げられる。作家・山下柚実氏の解説だ。
******************************
『金麦』が備えている強烈な武器とは、感覚を揺さぶることによって「郷愁を引き起こす力」だろう。
際立つ麦の風味は、かつて夏休みに麦茶しか飲むものがなかった中年世代の、懐かしい味の記憶を揺さぶった。深夜ラジオのテーマ曲は、青春時代の胸のうずきを思い起こさせたに違いない。そして、CMでは檀れいの浴衣姿、金魚すくい、花火に月見。古きよき年中行事が季節ごとに蘇る。
「思い出す」という仕掛けが随所に仕込まれた商品。消費者の回想を誘う力が、ロングランを支えてきたのだ。
だが一方で、あなたは周囲の女性たちから、『金麦』のCMに対する意外な感想を耳にしたことがないだろうか。
「毎回、妻役の女優が夫の帰りを笑顔で待っているという内容ですが、見ていて違和感を持ちます。気楽で甘えたような妻の姿に、イラつきさえ覚えます。最近は、夫の収入だけで生計を立てている家庭は少数派だと思います」
これは実際に東京新聞(2010年1月12日付)に投稿された40代女性の声だ。実は私自身も直接、そうした感想を耳にしたことがある。
女が外で働くことが当たり前になった今。「待ってるー」と甘えた口調で叫ぶ「昔の女」像は、男たちの郷愁を呼ぶ。一方で、今を生きる女たちの反発を生む。それは言わば、両刃の剣でもあった。
『金麦』の、強烈な懐古主義に対する、ある種の反発。それはCMのインパクトがそれだけ強烈だったことを物語る。その意味では広告としては“大成功”だったわけだ。
※SAPIO2010年10月13・20日号