加賀乙彦氏は1929年東京都生まれ。東京大学医学部卒。東京拘置所医務部技官を務めた後、犯罪学研究のためフランス留学。帰国後、上智大学教授などを歴任。著書に『不幸な国の幸福論』(集英社新書)など多数。その加賀氏が嘆く。
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最近の政治家が自分の教養をひけらかすために、やたらとカタカナ英語を使いたがるのにも腹が立つ。これも長い米国支配で、日本人の心の中に染み込んだ弊害といえる。「アジェンダ」なんて連呼されて、国民の誰が分かるだろう。
政治家がその調子だから、国民の間でも日々、美しい日本語が汚されている。世界で最も高い電波塔を建てるのに、「スカイツリー」なる陳腐な名前が付けられたのもそうだ。日本は言霊の国で『源氏物語』や『万葉集』には素晴らしい表現力を持った言葉がたくさんあるのに、言葉に対する無感動、無関心が人々のつながりまで空疎化させてしまっているのではないか。
私は作家だから、特に言葉の乱れが気になるのかもしれないが、言葉の問題も基地存続による自然破壊も実はセットになっている。日本人にいちばん伝えたいのは、「日本に生まれたことを誇りに思うこと。それは日本が世界に誇る美しい言葉と風土を大事にすることから始まる―」ということ。誇りが失われれば絶望感ばかりが表面化して幸福は遠のくばかりだ。
特にこれからの日本を動かす若者たちには強く言いたい。家に籠ってインターネットやメールばかりやっていたのでは、偏った情報や意見に振り回される結果にもなる。傷つくことを怖れずに、もっと外に出て人と深く関わり、個人としての主張や立場を守りながら希望を持って世界を広げていってほしい。それが不幸な国が幸福になる第一歩といえる。
※週刊ポスト2010年10月22日号