『旭山草ばん馬競技大会』。
旭山は帯広市内から車で小1時間。ここは「ばん馬」といい、広く知られている帯広の競技は「ばんえい競馬」と呼ぶ。いずれも、北海道の馬の文化を絶やさないことと、町興しをめざす。人間なら56歳、馬年齢では13歳。50万円の肉値で売られるところを60万円で買いとられた老い馬、バージが活躍しているのもこのばんえいである。
600キロの重荷を曳く過酷なレースから一度は引退したが、今年7月に復帰、第1戦で、いきなり圧勝した。 以降、快進撃が始まり「中高年の星」と呼ばれるようになった。そんなバージのレースを山藤章一郎氏が追った。
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帯広での第7レースにバージが登場した。全長は200メートル。レースの中盤まで引き離されていたバージだったが、終盤近くでたてつづけに鞭が入る。「さすがにもうだめだ」と溜息を洩らした観客たちから、次の瞬間、どよめきがあがった。
バージが後方から一気にゴールをめざして泥土に肢を踏み込む。先行馬との距離がみるみる縮む。ゴール直前の10メートルで先行馬にならんだ。そして一瞬で抜き去り、老い馬はゴールインした。
観客席から「さすが」の大喝采があがった。2分を少し切るタイムだった。着順判定は、ふつうの競馬のように鼻先でも早くゴールに入った馬が1等になるのではない。600キロもの重量物を曳いて、ゴールで後退したり前に進んだりする馬もいる。そこでそりのいちばん後ろが入ったときが着順となる。
眼前でバージは大きな鼻息を噴きだした。極度の興奮にあるのか、チンポが1メートル近く、あるいはそれ以上伸び出している。
1等賞品は、賞状、トロフィー、米5キロ、卵30個、それに参加した馬がみなもらえる20キロのふすま。旭山のこのばん馬に賞金は、ない。参加料1万円。トラックで馬を運んだ費用2万円。
騎手の川端さんが笑う。「なんぼやっても儲からないよ。だけどな、こいつは1回、肉にされかけた。走ってたら、嫌なことも頭に浮かぶ。しかしもういっぺん頑張ってみようって。私も、農協職員を退職したけど、まだやることあるだろ、頑張ってみろよって、こいつに教えられましてね」
※週刊ポスト2010年10月22日号