日本の近現代史に刻まれた代表的な遺書は、時を超えてなおわれわれの心を打つ。文芸評論家の富岡幸一郎氏が、GHQ占領下の日本で活躍した白洲次郎、ならびに冒険家・植村直己の遺書を紹介する。
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最近、葬式無用論が注目されているが、終戦時にGHQと渡り合い、「従順成らざる唯一の日本人」と米国人をして言わしめた白洲次郎は、死の五年前に【一、葬式無用、一、戒名不用】との遺言を記している。英国仕込みのダンディな日本人らしく、死に向かっても堂々としていた。享年83、昭和60年11月に逝く。
遺書にはその人間の精神と生活のスタイルが刻み込まれるのかも知れない。自覚的にせよ、あるいは無意識にせよ、最後の言葉が「人生の決算書」となる。
43才の誕生日に北米の最高峰マッキンリーの冬季登頂に成功した冒険家・植村直己は、その後消息を絶つ。発見された絶筆となった日記には、【何が何でもマッキンリー、登るぞ】とあった。
※週刊ポスト2010年10月22日号