スターの引き際にしては、あまりにも寂しい情景だった。「本日、競技生活の第一線から退くことにしました」――10月15日、ロンドン五輪を目指すと公言していた谷亮子・参院議員(35)の“柔道引退”会見が開かれた。
熟慮の末の決断だったのは間違いない。が、ワイドショーでは「判断が遅すぎた」「政治との両立などできるはずがなかった」という厳しい批判も展開された。これらの声に対して、父である田村勝美さん(62)は憤りを隠さない。
「亮子は忙しい公務の合間でも、きちんと計画を立てて競技者として練習してきた。二足のわらじが不可能だったとは思えない。娘は今回、まったく恨みごとをいいませんが、私は競技生活を続けさせないようにした全柔連(全日本柔道連盟)の対応に納得していません」
実は、会見日の15日は11月の講道館杯のエントリー締め切り。全柔連は五輪出場条件として同大会出場を谷氏に厳命していたという。
「出場しないと五輪代表の芽はなくなるという“事実上の引退勧告”。一度は亮子も出場を予定して10日、11日と練習していたが調整が間に合わなかった。夫婦の話し合いの結果、決断がなされたのは13日のこと。あれだけの功績を残したのに、選手自らで引き際を考えられないなんて……」
勝美さんの嘆きは切実さを帯びるが、谷氏は北京五輪以降、大会から遠ざかっている。国際大会の順位に基づくポイント制により代表選考が行なわれる現在の柔道界。若手も続々と登場しており、谷氏のロンドン五輪出場は現実的に難しかったとの声もあるが―。
「ふふふ……実は秘策があったんです。同じ優勝でも五輪前の大会だとポイントは大きく増す。来年の2月のフランス国際で勝てば一気に点数を稼げる。ずっとそういう構想でやってきました。大会に出場して駄目なら諦めもついたのに」
その計画を台無しにしたのが全柔連というわけだ。
※週刊ポスト2010年11月5日号