レアアース禁輸騒動で世界から非難を浴びた中国。その裏には共産党内部の権力闘争が可らんでいると産経新聞編集委員の田村秀男氏は指摘する。
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レアアース禁輸騒ぎは外部からの富を収奪する巧妙なトリックなのだが、内実を調べてみると、実に無責任な中国の指導層の専横ぶりが見える。
2010年に入ってからのレアアースに関する中国内の政策動向を振り返ってみると、2月にはレアアース最大手の「包鋼レアアース」(内蒙古包頭市)が内蒙古自治区政府の補助を受けて、レアアースの備蓄を始めた。7月に北京はレアアースの輸出の4割削減を発表した。
9月7日、尖閣諸島付近で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突すると、2日後に中国紙が中国のレアアース企業90社を20社に統合再編成すると報道した。
すると間もなく、レアアースの対日輸出が停止され、10月に入ると欧米向けの輸出も止まった。レアアースの価格はみるみるうちに急騰し、中国からの輸出価格は4-6倍に高騰した。そればかりではない。
中国産レアアースの世界シェアは97%に上るが、このうち包鋼レアアースが75%、つまり包鋼は世界シェアの72.8%を牛耳る。「再編」と言っても、包鋼が他の中小メーカーを吸収し市場を独占するだけである。
上海株式市場に上場している包鋼レアアースの株価は2月1日の21元を底に、急騰し、10月28日には96元を付けた。関係者はぼろもうけである。
では、包鋼レアアースを支配する者はだれか。
まずは内蒙古最高権力者である同自治区党書記の胡春華氏だが、彼こそは共産党青年団出身の胡錦濤閥若手代表である。胡錦濤総書記は昨年11月、江沢民閥の前任者、儲波を代えた。包鋼は山東省のメーカーを吸収合併する計画だ。山東省の党書記も胡錦濤閥である。
ここまで明らかになると、カンのよい読者の方々なら推察がつくだろう。レアアース禁輸事件とは、実は日本などから富を奪取するための党内の権力闘争の一環であると。
胡錦濤総書記は2012年の党大会で、江沢民前総書記と同じ上海閥の太子党(高級幹部の子弟グループ)、習近平党中央常務委員に座を譲ることが確実になっているが、利権はしっかりと確保し、2年後の新体制までに最大限稼ぐ。
ところが四川省、広西チワン族自治区、江西省など他のレアアース産地を統治する党内の有力者、特に江沢民派は利権独占を阻止したい。
そこで、レアアースの出荷や生産を止め、輸出を停止状態にし、胡錦濤指導部に抵抗する。温家宝首相は再三再四、「中国政府はレアアースの輸出を停止していない」と日米欧に釈明してきたが、行政府の命令ではないという意味である。
胡錦濤総書記にしてみれば、包鋼レアアースの株価は上がるし、江沢民閥に妨害されても痛くもかゆくもない。
結局、中国共産党内の権力闘争を通じてバイアスがかかるのは、日本など諸外国からの富の争奪であり、世界の金融市場の混乱である。
レアアースの供給が止まれば自動車から電子製品、ミサイルなど多岐にわたって生産が止まる。バブル化していく中国株にニューヨークの株価が影響され、上海株崩壊とともに世界の株価が暴落する。それでも中国の既得権益グループは蓄えた富で悠々自適の日々を送る。
※SAPIO2010年11月24日号