菅民主党政権が、税制改革に向けて動き出した。だが、大前研一氏は、小手先の調整では、この国の企業や個人はますます疲弊するだけだと指摘する。いま必要なのは、大胆な発想の転換による「タックスヘイブン化」構想だというのである。
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資産課税と付加価値税を導入する代わりに、所得税と法人税、その他すべての税金はゼロにして「タックスヘイブン化」する。そのメリットは極めて大きい。
現在、日本の所得税は累進性が非常にきつい。最高税率は国税が40%、それに地方税が10%ついて50%に達する。一方、海外に目を転じると、モナコとリヒテンシュタインはゼロ、スイスは11・5%、ロシアは13%(しかも累進課税ではなくフラットタックス)、香港は15%、シンガポールは18%だ。
所得税の累進性は富裕層の国外流出を招く。象徴的な例はスウェーデンである。最高税率が72%の時があり(今でも52%)、テニス選手のビヨン・ボルグらがモナコに、家具販売のイケア(IKEA)創業者のイングバル・カンプラッドらがスイスに移住してしまった。もし、このまま日本が所得税の累進性を維持したり強化したりすれば、スウェーデンと同じく富裕層は海外に逃げ出すだろう。
法人税も、日本は実効税率40・69%で世界一高い。一方、他の国々は海外の企業の誘致や、自国から企業が流出しないように引き下げ競争を繰り広げており、実効税率の世界標準は25%に収斂しつつある。
たとえば、ドイツは38%台から29%台に引き下げ、いずれは25%にするとアナウンスしている。ヨーロッパの中では法人税率が高いと、企業が本社を法人税率の低い国に移してしまうからだ。
とくに有力企業の国外流出が目立つのは、所得税の個人と同じくスウェーデンだ。かつてスウェーデンの法人税率は50%だったため、重電のアセア(現ABB)が21・17%のスイスに、前出のイケアや化学のノーベル(現アグソノーベル)が25・5%のオランダに、それぞれ本社を移転した。
今でこそスウェーデンも28%に引き下げたが、時すでに遅しである。ちなみに、アメリカ企業の多くはヨーロッパ本社をアイルランドに置いているが、その最大の理由は12・5%という低い法人税率だ。
そしてアジアでは、世界標準の25%よりもさらに下がっている。香港は16・5%、台湾とシンガポールは17%だ。韓国は24・2%だが、輸出に貢献している大企業の場合は優遇措置があり、実質的な税率は15%ぐらいになっている。だからサムスン電子や現代自動車などは日本企業に比べると手元に残るキャッシュがはるかに多くなり、思い切った巨額投資ができるわけだ。
経済産業省は法人税率の5%引き下げを求めているが、その程度では日本企業が海外に流出するのは避けられないし、日本に来る外国企業も増えないだろう。だが法人税をゼロにすれば、日本は企業にとって大きな魅力のある国になる。
日本企業が国内に留まるだけでなく、世界中から企業が日本にやってきて雇用を創ってくれる。日本経済が活力を取り戻すのは間違いない。
※SAPIO2010年11月24日号