【書評】『イスラエル ユダヤパワーの源泉』(三井美奈著/新潮新書/735円)
アメリカが世界の「嫌われ者」を無条件で支援する理由を、東大教授の山内昌之氏が解説する。
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2008年の英国BBCによる世界34か国世論調査では、イスラエルが「世界に悪影響を与えている」と考える人は52%にのぼっており、イランに次ぎ2番目の“嫌われ者”なのだ。
最近では2008年末から3週間もハマスの支配するガザを攻撃して多数の市民に犠牲者を出したことは記憶に新しい。イスラエルの強硬姿勢を支えるのは、まったく見返りを要求しない米国の援助である。
長くエルサレムで取材を続けた著者は、米国でも広く情報を集めながら、「頼りになる金持ちのおじさん」と「援助なしで生きられない小国」との不思議な関係を紹介する。大手化粧品のエスティ・ローダーやジーンズのリーバイスがユダヤ系資本だというのは初耳という人も多いだろう。米国人口の2%にすぎないのに、著名な銀行やマスコミ関係者、弁護士や医師や芸能人にユダヤ系が多い。他方、ヨルダン川西岸への入植地に米国からの熱狂的な移民もいるのだ。
著者も指摘するように、イスラエルは米国人にカネを求めても、和平交渉などに口出しされることを嫌う。長期的にその安全保障を心配する議員は、スポーツの応援団めいたイスラエル・ロビーに疑問を呈するが、多数の支持を得られない。
結局、イスラエルの地は米国市民にとり心のふるさとであり、そこへの無条件支援を疑う声はまず出ない。それでも最近はリアリストの学者らの仕事のせいもあって、このロビーを批判的に語ることがタブーでなくなった。
イスラエル国内でもアラブ国家を相手にした戦争と違い、治安対策にあたる軍に徴兵される若者のなかには、パレスチナの子どもたちに銃を向けることに嫌気がさす閉塞感も生まれている。高学歴と語学力を身につけた頭脳の流出も深刻な社会問題なのだ。
北朝鮮の中東へのミサイル輸出をイスラエルから警告されながら、日本で「能天気の極み」だったのは政府だけであろうか。好き嫌いは別に、最終的に「何も信じない、誰も頼らない」国の実相を学べる格好の入門書である。
※週刊ポスト2010年11月26日・12月3日号