日本国家を守るため、「外交の現場」は適切に機能しなければならない。しかし、ロシアとの北方領土問題での外務省の動きを見て、元外交官・佐藤優氏は「相手の『シグナル』を読み解けていない」と警鐘を鳴らす。
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メドベージェフ大統領が国後島を訪問したことを知った直後の外務官僚の反応は悲惨だった。
11月1日午前のオフレコ懇談で、外務省の小寺次郎欧州局長は、記者から「局長は、大統領が北方領土に行くことはないと判断していたではないか」と詰め寄られたのに対し、「常識的に考えればないだろうと判断していた。私の判断が間違いか、ロシアの常識がおかしいのかわからないが、結果として北方領土に行かないという判断は間違えていた」と釈明した。
さらにこのオフレコ懇談で小寺局長は、大統領がこの時期に北方領土を訪問した理由について、「単純な判断でしょう。(ベトナム公式訪問の)ついでだから。前々から行くと言っていたわけだから、ついでだから行っちゃおうということだったのではないか」と述べた。
筆者は政治部記者からこの話を聞いて唖然として、しばらく言葉が出なかった。欧州局長は、対露外交の司令官だ。
戦場で兵隊一人が馬鹿だとしてもそいつが弾にあたって死ぬだけだが、司令官の能力が低いと部隊が全滅する。このような基本的判断を誤る輩が対露外交のトップだと外務省のロシア担当部隊がそう遠くない時期に全滅する。
今回、ロシアはインテリジェンス・マシーンを最大限に活用し、大統領が北方領土を訪問した時の日本政府の反応について探りを入れた。その結果、「尖閣諸島問題で、日本外交の基礎体力が如実に落ちているから、今ならチャンスだ」と考え、この時期に訪問を決行したのである。
どうも外務官僚には、ロシア外交の常識が理解できていないようだ。ロシアは帝国主義国だ。まず相手国の立場など考えず、自国の要求を最大限に突きつける。それに対して、国際社会がロシアに批判的になれば、妥協し、国際協調に転じる。相手国が、間抜けな態度をとっているとそこに付け込んで、ロシアの権益を最大限に拡大する。その意味で、ロシアは帝国主義国の「文法」に従って忠実に行動しただけなのだ。
※SAPIO2010年12月15日号