先日、テレビ・コマーシャルに対する賞の審査会に招かれた脳科学者の茂木健一郎氏。しかしたいそう居心地が悪かったのだとか。茂木氏はこう語る。
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私はふだん、本当にテレビというものを見ない。やることが沢山あり過ぎて、見ている暇がないのだ。こんなこともあった。テレビ・コマーシャルに対する賞の審査会で、候補作が三十本ほど流された。審査員の一人だった放送作家の小山薫堂さんが、「いやあ、コマーシャルの影響力というのはすごいですね。ぼくは、一日十五分しかテレビを見ないのですが、今流れたコマーシャルの、半分は見たことがありました」と言われた。
私は、椅子に腰掛けているのが何となく居心地が悪くなった。言おうかどうか迷ったが、ついマイクを握って告白してしまった。上映されたその年話題のコマーシャル三十本のうち、実は一本も見たことがなかったのである。「かえって、先入観なく見ることができるから、好都合ですよ」と、どなたかが慰めてくださったが、汗顔の至りであった。何しろ、「子ども店長」すら知らなかったのだ。
ぼんやりと生きている私だから、世間で大変流行っているものを、知らないで相手に驚かれるということがあっても不思議ではない。先日も、あるラジオ局で、ディレクターの方に「少女時代」と言われてわからなかった。
「茂木さん、『少女時代』を知らないのですか? 韓国から来た、すごいアイドル・グループですよ」
「はあ。知りません」
ディレクターは、呆れたという表情で、インターネットの動画サイトで見せてくれた。ひと目で、衝撃を受けた。完璧なくらいに美形のアイドルたちが、しなやかな肢体をくねらせながら、踊っている。男性が見てはもちろん、女性にとっても魅力的に見えるだろう。まるでアスリートのように鍛え上げられたその動きには、「今までに無いものを見てしまった」というインパクトがあった。まさに、アイドル界における「黒船来航」。瞬間的に思ったのは、「これはヤバイ」ということだった。
今までの日本のアイドルたちは、「少女時代」の圧倒的な力の前に、どのように対抗するのだろう。ディレクターによると、韓国からのアイドルには、他にもパワフルな人たちがたくさんいるらしい。「黒船」が大挙して押しかけてきたら、日本のアイドルたちは大丈夫かしら。ふだんテレビを見ない私も、心配になった。
※週刊ポスト2010年12月10日号