「名将」の誉れ高い野村克也氏のリーダー哲学を、論語とともに読み解いた『野村の実践「論語」』(小学館刊)。その中の言葉を野村氏自身が解説する。
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【野村の言葉:「弱者の兵法は、謀(はかりごと)、計画、準備がないと成り立たない」】』
「自分は、弱い球団を渡り歩いて奇策をめぐらしてきたけれど、南海、ヤクルト、阪神、楽天、いずれも最下位になると私のところに監督要請をしてきた。弱者には弱者の戦い方があるが、いずれにしろ、中心なき組織は機能しない。
だが、たとえば阪神には四番もエースもいなかった。ピッチャーの数も足りない。二軍監督の岡田彰布にいった。誰かいないのか。
『球が速いだけならいます』井川慶だった。一軍にあげた。人を育てるには自信をつけさせることしかない。最下位だった横浜戦で投げさせた。横浜には左も多い。鈴木尚典、佐伯貴弘駒田徳広、石井琢朗。左投手の井川には好都合だ。キャッチャーを呼んで、外角のストレートと決めたらミットを動かさず、的をつくるように命じたわけです。つまり〈的当て投法〉だ。
負けてもいい、相手の名前や顔を見ないで、ミットを目がけて投げろ。井川は狙いどおり好投した。次の登板でも同じ〈的当て〉をやった。だが、打ちこまれた。人間、欲が出るんだね。
こんなピッチャーが6年後はメジャーだから、驚いた。ポスティングで30億円というからもっと驚いた。楽天からレンジャースに行った福盛和男にも驚いたけどね。
でもね、この〈的当て投法〉が弱者の兵法のひとつだったんです。弱者を自覚することから弱者の兵法が始まる」
※週刊ポスト2010年12月10日号