NHK大河ドラマ『龍馬伝』最終回の放送で、龍馬暗殺シーンにテロップが流れ1900件もの抗議が殺到して話題になったが、それ以外にも大きな問題が起きていた。 ある20代男性はこう語る。
「龍馬が暗殺され、流れたエンドロールの後に、とってつけたように岩崎弥太郎の死亡シーンが映った。あれは本当に必要だったのでしょうか」
『龍馬伝』は、「伝」という名が示す通り、後に三菱財閥の総帥となった岩崎弥太郎が、同郷の幼なじみの龍馬を回想する形で進められてきた。
その語り部・弥太郎の死がテロップ付きで流れ、目を見開いて横たわる顔がアップになって幕を閉じたのだ。これには、岩崎弥太郎の子孫も目を丸くした。
弥太郎の玄孫(やしゃご=孫の孫)に当たる民主党の衆議院議員・木内孝胤氏は、第1回から全話を見た。
「確かに最後の岩崎の死に方はエーッと思いましたね。ドラマは個人的には楽しませてもらったけれど、最後はあのような死に方じゃなくて、もう少し偉業を成し遂げたシーンを盛り込んでもらいたかった」
曾孫の岩崎泰頴氏は熊本大学名誉教授で、地質学・古生物学の権威。「(弥太郎は)病院に入院して死んだと私は聞いていたのですが……。3代も前のことで『龍馬伝』の岩崎像が事実かどうかもわかりません」
史実はというと、弥太郎は胃がんのため50歳でこの世を去った。
晩年は六義園(岩崎家別邸)で療養していたが、明治18年(1885年)2月7日の夕刻、家族と主だった部下を病床に集めて激痛に耐えながら遺言を告げ、息を引き取った。最期を看取った医師によると、「多くの人の臨終に立ち会ったが、かくの如く森厳な力のある遺言を述べ、従容自若、死に対した人を見たのは初めて」(『岩崎彌太郎傳』)だったという。
『岩崎弥太郎と三菱四代』(幻冬舎新書)の著者、河合敦氏はこういう。
「弥太郎の最期は状況がはっきりしているので、ドラマは完全に作り話です。フィクションとはいえ、見た人の中にはドラマの内容が史実だと思ってしまう人も多いでしょうね」
※週刊ポスト2010年12月17日号