「寝不足気味の人ほど、体重が増えます」。ハーバード大教授のこの言葉に、「メタボ」気味の脳科学者、茂木健一郎氏はショックを受けたという。その茂木氏が、「肥満と睡眠時間の深い関係」について解説する。
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自慢ではないが、私はいつでもどこでも眠れる。移動中でも、「ちょっと寝るから」と目をつぶると、大抵はすぐに眠りに落ちてしまう。
夜も、寝付かれず困ることはない。一日の終わりは、ベッドに横たわって、ノートパソコンでイギリスのコメディを見ることを習慣としている。大抵、五分も見ないうちに眠くなり、パソコンを閉じて眠ってしまう。
睡眠は脳にとって必要なことなのだから、ふだん五時間しか眠っていないというのはあまり好ましいことではないが、とにもかくにも、いつでもどこでもすぐ眠れるというのは、一つの「才能」である。密かにそう思っていた。
最近、シンガポールの国際学会に参加してその「自負」が打ち砕かれた。私自身の発表が終わって、のんびりと寛いでいると、ハーバード大学の先生の講演が始まった。睡眠の専門家だという。
「いつでもどこでも眠れると自慢する人がよくいますが……」――教授が、大きな身振りで話し始めた。ああ、それは、私のことだ。
「それは、単なる睡眠不足であると考えられます。一日八時間程度の、十分な睡眠を確保できている人が、いつでもどこでも眠れるということは有り得ません」
そうなのか。私は、まずは軽い衝撃を受けた。そう言えば、毎日良く眠っていた小学生の頃には、時々、夜眠れないでいつまでも布団の上でごろごろと転がっていたことがあったように思う。
「夜、ベッドに横になっても、ふだんから十分な睡眠を取っている人は、すぐに眠れるものではありません。むしろ、なかなか眠れないくらいが、健康的なのです」
私はさらなるショックを覚えた。イギリスのコメディを見始めて、五分も経たないうちに眠ってしまう私は、一体何なのだろう。演台のハーバードの先生は、自信たっぷりに講演を続ける。まさか、聴衆の一人がさっきからショックを受け続けているとは思いもしないのだろう。
とどめを刺したのは、教授の次の一言だった。「実は、睡眠不足と肥満の間には、正の相関があることもわかっています。寝不足気味の人ほど、体重が多めになるのです。ストレスで、食べ過ぎるのでしょう」
確かに、私は「メタボ」気味である。知り合いの女流俳人には、「腹の上のポニョ」と名付けられた。ジョギングをしていると言うと、「毎朝走っているのに、よくその体型が保てるわね」とからかわれる。してみると、私の体重が増えたのも、睡眠不足のせいなのだろうか。
※週刊ポスト2010年12月17日号