開校10周年を迎えた公立はこだて未来大学(北海道)で後期から始まった「現代の科学」。マイケル・サンデル教授と学生たちが丁々発止の議論を繰り広げるハーバード大学の講義が話題を集める中、本誌は日本の大学においても対話型講義が実践されていることをいち早く指摘してきた。北の大地では講師と学生がどのような議論を交わしたのか。
この講義はシステム情報科学部の1~4年生を対象に、月曜4・5限に開講。約240人の受講希望があったが、教室の定員の関係から抽選で選ばれた160人が受講している。生命科学や環境などに関する最先端技術の進展や問題点を紹介し、それが自分たちの生活や社会と、どう関わっているかを考える講義だ。
先端の科学をテーマにしたミュージアム・日本科学未来館(東京・江東区)の橋本裕子氏を中心に、同館の数人の科学コミュニケーターが交代で講義を行なう。この日は橋本氏と、今夏、同館が開催した「ドラえもんの科学みらい展」を担当した嶋田義皓氏が教壇に立った。講義タイトルは「技術革新と夢ドラえもんの科学・未来」。
学生たちにこんな課題が与えられる。
「皆さんの夢を叶えるひみつ道具を考えて下さい。その名前と概要、イメージが分かるイラストなどを付けること」
学生は5~6人ずつ、約30のグループに分かれてアイデアを出し合う。机の上のノートパソコンで、必要な情報を検索する学生もいる。30分後、各グループの代表者が、次のようなひみつ道具を次々にプレゼンする。
●素潜りファイター(皮膚に塗れば水中でも血液中に酸素を取り込める)
●きせかえカメラ(雑誌や歩いている人の写真を撮って記録すれば、その人の服に着替えることができる)
ディスカッションが始まる。
男子学生B「僕は素潜りファイターがいい。海女さんがすごく助かると思う」
嶋田「社会のニーズとの関係は?」
男子学生C「海や川で遊んでいる子供の体に塗布しておくと、水の事故が防げる」
嶋田「海女さんよりはニーズは広そうだね。じゃあ、きせかえカメラはどうかな」
女子学生D「高校時代は私服だったので毎日、着る服を選ぶのが大変だった」
嶋田「コーディネートが面倒くさかった? 面倒くさいことを代わりにやってもらうというニーズはあるよね。洗濯機や掃除機がそう。きせかえカメラが入ってきたら、社会をどんなふうに変えていくだろうか」
女子学生E「ファッションを簡単にコピーできるんだったら、服飾デザイナーは職を失うと思う」
女子学生F「いや、デザイナーは元々の服を作らなくてはいけないので、職は失わないはず」
女子学生G「服が売られるまでに、いろんな人が間に入っている。その人たちはどうなるのか」
嶋田「この問題をポジティブに解決する方法はないかな。たとえば電気自動車が開発されれば、ガソリンエンジンを作っていた人の仕事がなくなると思われていた。でも実際には電気自動車を効率よく走らせるためには、ガソリン自動車の時の技術が必要で、結局、その人たちが電気自動車のギアを作ったり、モーターとタイヤをつなぐ部分の仕組みを考えたりしている」
女子学生H「服を売る人はコーディネートに特に敏感。コーディネーターという職業を広げていけば、失業することはないと思います」
3時間に及んだ講義が終わったのは午後6時。辺りはすっかり暗くなっていた。
※SAPIO2010年12月15日号