全日空(ANA)で10年の勤務経験を持つ元キャビンアテンダント(CA)の三枝理枝子さんが、その現役時代に経験したエピソードを中心に、飛行機という限られた空間で接した乗客との交流を綴った『空の上で本当にあった心温まる物語』(1365円、あさ出版)を出版した。
その中には例えばこんなエピソードがある。
成田から香港へ向かう団体の中にいた年配の男性は、手にした婦人物の帽子を片時も離そうとしなかった。「物入れにお入れしましょうか」と声をかけても「結構です」というだけ。
実は、その帽子が亡き妻の形見であり、ふたりで行こうと約束して果たせなかった旅に、夫はその帽子を持って参加したのだと、少ない会話を通して三枝さんは知る。そこで、彼女が生前好きだった飲み物をさりげなく尋ね、りんごジュースをそっとサービス。男性に笑顔が戻った。
心と心が触れあった体験は何年たっても忘れられない。中でも三枝さんが忘れられないのが、本書の冒頭で紹介している東京で心臓の手術を受け、福岡へ帰る少女の話だ。少女はストレッチャーに乗ったまま、カーテンで仕切られた席に着いた。
両親との会話の中から、少女がこの日、10才の誕生日を迎えることを知った三枝さんは、同僚とともにささやかなプレゼントを用意し「ハッピィーバースデートゥユー」を歌った。小声で歌ったつもりだったのに、周辺の乗客にも伝わっていき、その歌声は客室に響き渡った。
「そのときから、もう何年も経ちますから、あの少女も大人になっているはず。でも、いまでも“えっ、私に”といったあのときの喜びのお顔は忘れられません」
ANAでは、こうしたプラスアルファの気遣いを「おせっかい文化」と呼ぶそうだが、さりげない観察や言葉かけから、乗客がいま何を望んでいるか汲み取って、サービスに生かすのだ。
※女性セブン2010年12月31日・2011年1月1日号