昭和天皇は実は畏るべき交渉者だった。漫画家の小林よしのり氏が解説する。
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大東亜戦争の敗戦、敵国による占領という、日本史上例のない屈辱に全国民が打ちひしがれ、絶対的な権力を持つ占領軍の前に政治家も誰ひとり対抗する術がなく、「ネゴシエーション」など考えようもなかったはずの状況下で、たった一人で占領軍と対峙したのが昭和天皇である。
国民の生命を守るために、負う必要のない責任を全て引き受け、自らの命をさし出そうとした、覚悟と無私の精神。「人間宣言」をせよというGHQの命令に従ったかのように見せて、実は換骨奪胎して国民に「日本の誇り」を説いていたしたたかさ。
極端に選択肢が限られた中で、沖縄を守るために採りうる唯一の方法を見出し、米国側の事情も見抜いた上で、「主権を日本に残したまま」「租借方式という擬制」というメッセージを絶妙のタイミングで提示したリアルな政治センス。
そして、強大な権力を一旦は「あ、そう」と受け容れ、時が来たら断固として跳ね返してしまう、歴史に裏打ちされた叡智。どれをとっても「畏るべき」と言う他ない。
日本の国民、国体、そして沖縄が守られたのは、まさに昭和天皇御一人による奇蹟と言っていい。だがそれだけの政治・外交の手腕を発揮されながら、被占領という非常事態が終わると二度と政治に関わらず、何事もなかったかのように「象徴」の地位に戻られた。
そのため、日本国民の多くがその業績に気づかぬままにいるほどだ。だが、この大恩が忘れられたままでいいわけがない。そんな思いを込めてわしは『昭和天皇論』(幻冬舎刊)を描いたのである。
※SAPIO2011年1月6日号