「本当に奇跡の魚といってもいいように思います」―と、天皇陛下も絶賛された世紀の発見に思わぬ「物言い」がついた。
「さかな博士」としてテレビなどでもおなじみのさかなクン(東京海洋大学客員准教授)が、絶滅種と思われていたクニマスを70年ぶりに発見した。山梨県・西湖でヒメマスを採集していたさかなクンが、その黒い体色に違和感を覚え、旧知の京都大総合博物館・中坊徹次教授の元に持ち込んだところ、今回の大ニュースにつながったのである。
しかし、この大発見に「待った」の声がかかっている。かつてクニマス唯一の生息地だった秋田県・田沢湖で、長年にわたってクニマスの研究をしている秋田県立大学の杉山秀樹客員教授がいう。
「報道を見る限りでは、クニマスであると確定するのは時期尚早ではないかと感じます」
杉山氏がそう述べる根拠の一つが、米国の魚類学者・ジョルダン博士の1925年の報告書。 田沢湖のクニマスを新種として発表したこの報告書では「体やひれに黒点はない」とされている。
「しかし、今回見つかったマスには背中にうっすらと黒い小斑点が見えていると聞きます。それを中坊教授は“変異の幅”としているようですが、はたしてそうなのか。もっと慎重な判断が必要なのではないでしょうか」(杉山氏)
一方の中坊教授は、生物学者の大島正満博士が1941年に発表した報告書を論拠としている。同報告書では「背部には不明瞭な小黒点が散在する」とされる。中坊教授が反論する。
「ジョルダン報告書が調べたサンプルはたった3つの個体です。わずかに斑点があることは同じ種の魚ではよくあること。クニマスとヒメマスの判別の基準はそれだけではない。うろこの透明度、鰓耙、幽門垂といった消化器の形状もクニマスのものと一致しています。さらに10年4月にクニマスを発見した際には、産卵した証である尾びれの欠損が確認できたことが大きい。ヒメマスの産卵期が秋であるのに対し、クニマスの産卵期は2月頃が中心なんです。今回の発見には自信を持っている」
中坊教授は、DNA鑑定で今回発見された“クニマス”は、ヒメマスと遺伝的な差異があることも確認しているという。ただし、70年以上前から残っているクニマスの標本からはDNAを採取することができず、完全に同じ種であるかどうかまでは判別できないようだ。
※週刊ポスト2011年1月21日号