【書評】『悪名の棺 笹川良一伝』(工藤美代子著/幻冬舎/1785円)
夏目漱石や森鴎外ら、近代日本文学者たちの食生活を紹介した『文人暴食』『文人悪食』など、斬新な視点での著書も多い嵐山光三郎氏が、意志を貫き通した「悪の象徴」のスリリングな九十六年を解説する。
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笹川良一といえば競艇事業を次男や三男らとともに独占して、多くの関連財団の会長を兼務したフィクサーとして知られている。公的資金であるはずの補助金を個人的に運用したと批判がある人物で、A級戦犯として東京・巣鴨刑務所で三年間すごした。「右手でテラ銭を集め、左手で慈善事業に使う」ともいわれた。
笹川が建てた「世界は一家 人類みな兄弟姉妹」のポールは全国いたるところで見られる。うさんくさい右翼のドンというイメージが笹川良一についてまわるのだが、この本では知られざる笹川の一面が明らかになる。
まず少年時代、大阪府三島郡豊川村の尋常高等小学校で笹川と川端康成は同級生だった。その縁で、川端が日本ペンクラブ会長になったときに資金援助をした。さらに川端を介して、今東光とも終生を通して親しかった。
日教組の槙枝元文委員長は、激しく笹川を批判した一人だが、のち、頭を下げて笹川平和財団に助成金を貰った。金の力はおそるべしだ。平成三年の競艇売上金は二兆円をこえ、あらゆるところから金ほしさにむらがってくる怪しい人物がいた。
笹川は女性関係も華やかで、小石川の家の仏壇には、笹川の両親の位牌と、過去に愛した女の名前が短冊になって書かれ奉られている。かの川島芳子はじめ、明治天皇ゆかりの女性、子爵未亡人、芸者衆まで70人近い名前が並んでいる、という。
笹川良一は、晩年に、福祉事業に大きな貢献をした。私財を投じて世界中の貧しい子の救済をした。日本という国にこれだけの濃度で密着してきた人物は珍しい。理想を実現するためには金というツールを使った。自己の意志を貫き通し、マスメディアからは「悪の象徴」と呼ばれた男の96年の道程は、あまりにもスリリングである。
知られざる「怪物笹川」の実像を予見なく検証した評伝である。工藤美代子さん会心の力作で、読みごたえがあります。
※週刊ポスト2011年1月21日号