人生で初めて手に入れたメジャー・グッズは、アスレチックス(以下ア軍)の帽子だったという。2010年12月14日、ア軍の入団会見に臨んだ松井秀喜は、ビリー・ビーンGMから手渡された緑色のユニフォームに笑顔で袖を通した。2011年シーズンの開幕に備える松井の心中には、ア軍の帽子を被っていた少年時代の記憶が蘇っているのかもしれない。
ア軍はア・リーグ創設時からの歴史あるチームで、ワールドシリーズ制覇の回数はヤンキース、カージナルスに次いで3位。メジャー屈指の名門球団である。だが最近は低迷。2006年を最後にプレーオフから遠ざかっている。そのためか、日本では松井のア軍への移籍に対し、まるで“都落ち”したかのような声が目立つ。しかし、現地での見方は違う。スポーツジャーナリストでMLBアナリストの古内義明氏が語る。
「断言できるのは、松井はビーンGMが求める通りの選手であるということ。有名な彼のマネジメント理論である『セイバーメトリクス』に照らし合わせれば、それは明らかです」
ビーンGMは、ベストセラーとなった『マネー・ボール』(マイケル・ルイス著)のモデルとして、ファンの間ではつとに知られた人物である。野球を統計学的手法で分析する「セイバーメトリクス」を実践し、少ない資金を有効活用したチーム作りに成功、2000年代初頭にはア軍の黄金時代を築いた。この理論は、現在では米球界の常識となっている。
野手でいえば、本塁打数・打点・打率のみで判断するのではなく、それ以外の様々な要素を指数化して、選手の能力を測る。具体的には、出塁率や長打率、選球眼の良さ(四球の多さ)などが重要視される。
基準を満たしてさえいれば、体格やフォーム、故障歴などは問題とならない。そのため、これまでア軍は他球団から致命的なケガなどを理由に放出され、“価格”の急落した選手を低年俸で獲得し、チーム再生の中心としてきた。この理論から考えると、松井がア軍に求められた理由がはっきり見えてくる。
まずは、出塁率の高さである。ビーンGMは以前、次のように語っている(以下、〈 〉内は古内氏によるビーンGMインタビューより)。
〈『マネー・ボール』が発売されてから、たくさんのチームが出塁率に注目するようになった。私見では、出塁率は選手の価値を評価する正当な方法であり、一番大事な成績の一つだ〉
一般的に出塁率に優れた選手というと、メジャーリーガーではイチローを想像する人が多いのではないだろうか。が、実は松井も遜色のない数字を残している。松井のメジャー通算の出塁率は.369。一方のイチローは.376だ。しかも10年シーズンは、松井は.361、イチローは.359と松井が上回っている。
出塁率が高い理由の一つは、選球眼が良いこと。2010年シーズンの四球の数はイチローの45個に対して松井が67個。三振数も意外に少なく、イチローの86個に対し松井は98個だった。全米発行部数No.1のスポーツ専門誌『スポーツ・イラストレイテッド』の名物記者、トム・ベルドゥーチ氏がいう。
「イチローが優秀な先頭打者であることは間違いない。だが、出塁率がほぼ同じということを考えると、明らかにイチローよりパワーがあるマツイの方が、より攻撃的なプレーヤーだと私は見ている」
加えて、ビーンGMは「空振りが少なく、流し打ちができる」と絶賛する。
「ヤンキース時代、松井が2番を打ってヒットエンドランを決めたシーンは、日本では驚かれましたが、松井のバットをボールに当てる技術からすれば難なくできること。MLBでは松井のテクニックは高く評価されています」(古内氏)
ア軍は10年シーズン、貧打に泣いた。チーム本塁打数は、リーグ14球団中13位の109本で、チーム最多はケビン・クーズマノフの16本。打点はカート・スズキとクーズマノフの71点が最高だ。松井の10年シーズンの成績(21本、84打点)を当てはめると、打点と本塁打でトップとなる。
※週刊ポスト2011年1月21日号