「少子高齢化」は、先進国共通の悩みである。とくに今後の人口減少が国力に深刻な影響を及ぼすことが予想される日本の場合、“国家の一大事”と位置づけて取り組むべき最重要課題の一つである。ところが日本では「人口=国力」という認識が乏しいため、小手先の少子化対策しか行なわれていないのが実情だと大前研一氏は指摘する。
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少子化が “国際化へのブレーキ”となり、日本経済の国際競争力を削いでいる。その構造は「親」と「子」の両サイドから見ると分かりやすい。
まず、子供が1人しかいない親は、おのずと保守的になる。一粒種のこの子を危ない所にはやれない、この子がいなくなったら自分たちの老後はどうなるのか、という自己中心的な思考回路で、子供の留学や海外赴任に対して否定的になりがちだ。アメリカの大学で日本人留学生が減り、日本企業で海外出向を拒否する若手社員が増えている最大の理由がそこにある。
かつて、子供の病気の多くは母親の育て方が原因だとする「母原病」という造語が流行したが、今は父親も一緒になって、子供が自分たちの元から離れないよう有形無形の圧力をかけている。だから子供は日本を飛び出すことに抵抗感を覚えてしまう。いわば「親原病」が日本の若者たちの間に蔓延しているのだ。
また、子供の側からすると、昔の農山漁村では長男が後を継ぎ、次男三男は家を出て自分で食い扶持を稼ぐのが当たり前だった。まだ日本が貧しい時代だから、余剰労働力は東京や大阪などの大都市に集団就職するか、明治~昭和初期のハワイ移民やカリフォルニア移民、戦前の満蒙開拓団、戦後の南米移民のように海外へ出るしか選択肢がなかった。生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていた彼らは“蛮勇”ともいえる気性・気力に溢れ、海外の開拓地で成功した人も多い。
そして戦後は、満洲などから引き揚げてきた人たちや地方から都会に出てきた人たちが日本企業の“国際化の先兵”として海外に雄飛し、世界に冠たる日本のブランドを築き上げたのである。
しかし、今の日本の若者は、そういう気概と能力を急速に失っている。漠然と将来の不安は感じていても、バイトや非正規社員でもそこそこ食べていけるから、切羽詰まった危機感を抱くことすらないのだ。
※週刊ポスト2011年1月28日号