【書評】『2020年のブラジル経済』(鈴木孝憲著/日本経済新聞出版社/2100円)
2014年にW杯、16年にオリンピックの開催を控えるブラジル経済を論じた同書について、エコノミストの森永卓郎氏が書評する。
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BRICsの一員で、今後の成長が最も期待される国ということは知っていても、ブラジル経済の詳しい状況については、よく知らない人が多いだろう。実は私もその一人だった。もちろん、サッカーW杯やオリンピックが開催されることくらいは知っているが、テレビなどで紹介される機会が限られているので、あまり具体的なイメージがわかないのだ。本書は、ブラジルの文化や経済、社会を、過去の歴史から最新情報、そして将来展望まで、冷静な視点で、丁寧に解説した好著だ。
まず驚かされるのが、日本経済との共通点だ。人口も同じ1億人台だし、金融バブルに踊らなかったためリーマンショックによる直接の損失が小さかったこと、外貨準備が豊富にあるため国際投機資本に翻弄されずに済んだこと、内需中心の経済構造であることなども同じだ。そのブラジルと日本は、ともにリーマンショック後の厳しい金融収縮に巻き込まれた。ところが、その後の道のりは明暗を分けている。日本は相変わらずデフレで経済が低迷しているのに対して、ブラジルは2010年にV字回復を果たしているのだ。
その違いはどこからきたのか。一つは、格差への対応の違いだ。日本はデフレのなかで格差拡大が続いているが、ブラジルはCクラスと呼ばれる中間層を拡大する政策を採っている。中流の消費意欲は強い。だから、モノやサービスが売れて、経済が好循環で拡大していくのだ。逆に日本の場合は、中流を切り崩してしまうから、いくら企業がよい商品を作っても、消費が拡大しないのだ。
もう一つブラジルの特徴は、インフレターゲットを採用していることだ。もちろん、インフレターゲット採用の動機はインフレを抑制するためで、デフレから脱却を図るためではない。しかし、目標インフレ率は、4.5%と非常に高い。逆に、それだけ高いインフレでも、インフレ率が安定さえしていれば、経済が活性化する。日本も少し「ブラジル化」した方がよいのではないだろうか。
※週刊ポスト2011年1月28日号