ウィキリークス(以下WLと略する)に流出した米国国務省の公電が世界を震撼させている。日本のメディアや有識者は、WLを官庁や企業の内部告発と同種の現象と見ているようだが、これは大きな間違いだと元外務省主任分析官の佐藤優氏は指摘する。
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WLは、既存の国家システムを破壊するという明確な目標を持った政治運動だ。WLの創設者兼編集長であるアサンジ氏の見解を分析すれば、同氏の思想がアナーキズムときわめて親和的であることがわかる。
〈アサンジ氏は11月30日、米国務省の外交公電約25万通の公開開始後初となる米タイム誌とのインタビューで、「我々の活動は市民主体の世界を築き、腐敗した組織に対抗するものだ」と述べ、機密文書公開を正当化した。
アサンジ氏は、11月上旬にスイスで記者会見して以来、公の場に姿を見せていない。タイム誌とのインタビューは、インターネットの映像通話サービスを通じて行ったが所在は明かさなかった〉(2010年12月1日付読売新聞夕刊)
アサンジ氏が述べる「市民主体の世界を築き、腐敗した組織に対抗する」という主張がまさに「暴力装置である国家を除去した方が人間の社会は健全に発展するはずだ」というアナーキズムに基づいている。
アナーキズムは無政府主義と訳されることが多いので、国家や政府を破壊し、無秩序を礼賛する思想のように見られがちだが、そうではない。アナキストは、国家による法律を認めない。ただし仲間内の掟はとても大切にする。
明治・大正期のアナキスト、大杉栄は、当時の論壇に大きな影響を与えた文筆家でもある。大杉の翻訳によるファーブル『昆虫記』が1922年に刊行されたが、実は昆虫の社会モデルとアナーキズムが親和的なのだ。
「蟻や蜂などの昆虫は群れをつくる社会的動物だ。蟻や蜂の社会に国家はない。国家がなければ政府も存在しない。それでも蟻や蜂の社会はうまくいっている。人間も群れをつくる社会的動物だ。自然状態で、人間は自ずから秩序をつくることができる。
合法的に暴力を行使することができる国家は、支配者が支配される民衆を収奪するために人為的につくられた機関だ。従って、国家による法律も、収奪のための道具だ。国家や法律を廃止し、人間の社会が自発的につくる掟があれば、人類は秩序を維持し、より幸せになる」という信念をアナキストは持っている。
※SAPIO2011年1月26日号