1976年刊行の不朽の名著『知的生活の方法』の著者・渡部昇一氏。現在も着々と版を重ねるこのロングセラーは、広く日本人のライフスタイルに影響を与えたが、この34年で氏自身の環境も世の中も大きく変わった。昨年『知的余生の方法』を著した渡部氏はこう語る。
「特に世の中は変わったな。僕は当時、多くの人を怒らせたんですよ。当時は左翼全盛ですから、個人が書庫を持つなんて贅沢だ、それより図書館を整備する方が社会のためだと、綺麗事を並べた人が何をしました? そうこうする間にネットで何でも調べられる時代になり、建前や偽善は何も生まなかった。つまり世の中がどうなんて考えても始まらない、人間は自分がやりたいことをやるのが一番で、僕は個人の財産も所有欲も一切否定しません」
知的余生における読書法や健康法にお金や時間の使い方、理想の住まいや夫婦関係まで縦横無尽に綴られる方法論は、建前抜きの本音ばかり。また〈人生の秋〉にこそ読むべき本や、〈命〉〈愛〉といった言葉の意外な語源も紹介しつつ、今このときからでも遅くない後半生の〈修正〉を図る。
「だいたいお金=悪という浅薄な考えをお持ちの方は、然るべき富すら蓄えてない。財産は英語でgoods、ドイツ語でGuter(uは実際は“ウムラウト”)と、どちらも良いの複数形で、お金自体が悪いわけはない。悪い使い方や儲け方があるだけです。僕の場合は専門の本が日本になく、全部自腹で買う必要があった。つまり知的自由を得るにもお金は大事で、特に親が子に孝道を期待できない今は余生の自由度も財産次第。goodsはますますgoodになると思う」
また、思想信条や知的レベルや〈支払能力〉に差がありすぎると老いての友情は維持し難いと氏はいう。
「夫婦もそう。うちは家内と毎日夕食だけ一緒にとる。定年後奥さんとギクシャクする人は会い過ぎなんです(笑い)。お互い寝る時間も別々ですし、僕は年を取っても朝起きるのがツライくらいの生活がいいと思う。毎日晩酌を楽しむのも結構、ただそれでは満足できない人間もいて、ふと気づくと午前3時4時まで本を読み耽っている夜更かし老人も、悪くないものです(笑い)」
※週刊ポスト2011年1月28日号