2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英博士は「まさに子供に好奇心を持たせ、考える力を身につけさせることこそ教育の神髄です」と語り、教育現場には“学ぶことは楽しい”と思わせる雰囲気が必要だと説く。10年後、20年後の教育再興に向けた提言を聞いた。
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学生は学ぶことが面白いという感覚を身につけなくてはいけない。自分の頭で面白いと実感できることが大切なのです。僕は勉強という字が嫌い。刻苦勉励という言葉があるように、勉強には「辛く苦しい」というイメージが付きまとっている。
でもスタディ(study)という言葉の源流は、ラテン語のストゥディオで「知る楽しみ」のことです。自分で問題を設定して答えを出していくという作業が楽しくないわけがない。本来の教育の姿がゆがめられているのは残念でならない。知ることが楽しいんだということを中学、高校時代に教えてあげる必要があると思います。
教育現場では好奇心を羽ばたかせられる自由な雰囲気を大事にしたい。少し変なことをやると「そんなバカなことはやるもんじゃない」とか「お前はアホか」と言うような風潮はいけません。学生は興味のあることだったら、どんなことでも夢中になって取り組んでもらいたい。学びの中で感性を磨いていくことが大事だと思います。
大学でも、昔はほとんど授業に出なくても試験だけはちゃんとできる奴がいて、周囲を驚かせたものです。自分が好きな分野なら1人でもとことん考えて勉強する。これに比べると今の学生はほとんど横並びで平凡。型破りな学生が少なくなっている。
こうなった原因は、教育の問題もあるとは思うけど、それだけじゃないでしょう。今は社会が安定して、ハチャメチャに頑張って偉くならなくたって、そこそこの生活が送れる時代。そのレベルで満足して、そこからはみ出そうとしないからだと思います。
僕と一緒にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎先生は30代ですでに教授にまでなっていらしたが、あえてアメリカに渡られた。日本で食うに困ったわけじゃないし、地位もあった。にもかかわらず刺激を求めて渡米された。今はそんな覇気のある人があまりいなくなった気がします。海外に出る留学生も減っているそうだけど、好奇心が旺盛な学生が少なくなっているのは残念なことです。
※SAPIO2011年1月26 日号